おやすみなさい

日記以上の意味も価値もない

春来ず

年明けてこのかたとことんツイておらず、あ〜あってなことばかり起きている
もしかすると意識しすぎなのかもしれないが、それにしてもこれはどうでしょうねってくらいツイていない

交通事故に巻き込まれたりお気に入りのサングラスが割れたり買ったばかりのパンプスのヒールがすぐだめになったり自転車がパンクしたりなんかめっちゃ熱が出たりあとここに書けないことも多いんだけど
なんかうまくいかないことが多くてうんざりしていた
ひとつひとつはどうってことないんだけどそれが重なるとあれっなんか運気下がってる? みたいな気持ちになってしまって余計にいけないんだと思う ちょっとしたことを大げさに捉えてしまう わかる わかるんだが

ずっと会いたかった昔の友人とLINEで連絡がとれたのが一年前
会おう会おうって言いながら連絡とれたことに安心してしまってほったらかしにしていたらいつの間にか時間が経っていた
不意に彼女から連絡がきて、私もなんとなくこの機会を逃してはいけないと思った
そうして彼女と10年ぶりに会ったのだが、彼女は結婚するらしい
刺青を消す手術をしていると言っていた
来週には九州に引っ越すそうだ
彼女はなんやかんやあって結構普通の人間になっていた なんというか思ったより当時のサイズ感そのままで大人になったようだ
まあそれもいいんだけど
でももう二人で会うことはないかもなと思った
高校生のころ、二人で制服を着たまま学校をさぼって心斎橋をふらふらしたことを思い出した
テスト期間に始発で学校に行って勉強したことも

彼女を駅の改札まで送って、その帰りに財布を盗られた
キキララのでかいキーホルダーをつけたヴィヴィアンの長財布
青いダウンコート着た欧米系のお前だよ 姿をばっちり見ていたばかりに余計腹がたつ
すぐに警察に行ってカードを止めて、やることはやったのだが、とにかくもうがっくりきていた
人の悪意みたいなものに直に触れるとほんとうに疲れる
最悪すぎてほんとむりですという感情以外湧かない

それ以外にもうまくいかないことが重なり、なんだかすべては嫌になってしまって、もう実家に帰って近所のスーパーとかで働きながら寝て起きて食べてを繰り返して生きてゆきたいなどと思い、いやそれはいかんなって思ったけど、思ったけどとりあえずもうなんか疲れちゃったからいったん実家に帰ろうと思った
もうもううるさいな でももうまじむりってきもちでした ため息と同時にもうという言葉が出る具合
もういやだって思ってたんだと思う

あいつもこいつもしばきまわしたい気分
なにがこんなにいやなんだろう、なんでこんなに機嫌が悪いんだって考えた
ついでになにがしたいんだとかこれからどうしようとか
結局なんにもわかんなかったけど


一週間弱実家でぐうたらして、は〜そろそろ帰るか、と重い腰をあげ一人暮らしの家に帰ってきた
実家はずいぶんと平和だった
朝になれば陽の光があり食後にはフルーツが出る こだわりのワイン 母も父もやさしい 妹はかわいい
母はいつも私に「帰ってきたら?」と言う 決して強要はしないけれど
私はすぐに答える「でも一生ここにいられるわけじゃないから」
一生両親と妹とこの箱の中だけで暮らすことができればそれは幸せなのだと思った
でもそれは無理 人間だからな
そうして私は一人の部屋にいる
なぜ私はこの部屋に帰ってきたんだろう なにをしに
なぜ私は今幸せじゃないのか 幸せじゃない のか?
いや、もう実家に帰って近所のスーパーとかで働きながら寝て起きて食べてを繰り返して生きてゆけ、ばいいのに、なぜゆけないの
何に後ろ髪をひかれているのか
もうほんとにわからんな 考えるのをやめた

帰り道、電車に乗っていたら、真っ白く光るスニーカーに皺一つない制服、たくさんの紙袋を下げている女の子たちがいて、新入生か新学期だな、と思った
四月の三日だった
思えば学生の頃はたくさんの区切りがあって、いちいちそれに救われていたようにおもう
時間割とか単元とか学期とか学年とか
制服の衣替えで季節を知る
そういうことが当たり前だった
月曜日でも火曜日でもほんとは関係ない
過ぎるのは同じ時間で なにをするか、なにを見るか、考えるか、そういう味付けで変化をつけているだけ


うまくいっていないのは相変わらずで、一人でアホみたいにわんわん泣いたりしているんだけど、どうしたらいいのかよくわからない
なんでこんなにわからないんだろう?

免許証再発行したり保険証再発行したりカード再発行したりマジでめんどいんだが半泣きで復興しているところ
それでも相変わらず記憶をなくすまで飲んで傷だらけになったり人にもらったものをなくしたりしている
先日警察から電話があり川の中からクレジットカードだけ発見されたそうです、マジかそれ絶対川に捨ててるよな、あいつが残酷な死に方で死にますように

そういえば彼女もヴィヴィアンを好きだったな、昔

 

 

 

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手紙と日記

日記と手紙が好きだ

 

昔から手紙が好きだった

わたしは口下手で、でも手紙だとすなおなことが言えるから

初めて字が書けるようになって、きっと多くの子供はお母さんに手紙を書く

みんな同じような言葉並べて

そのうち幼稚園の友人たちに

好きだった男の子に、バレンタインのチョコレートに添えて

小学生になると、メモ帳をハート型に折って授業中に回しあった

中学生になって初めて付き合った男の子にも手紙を書いたな

今日一緒に帰ろうとか 次どこで遊ぶとか

ノートの切れはしに、ギザギザの字 男の子ってずっと字が変わらないんだなあ

 

そのうち手紙を書かなくなった

メールも送らなくなった

人と何を話していいか分からない

わたしは代わりにインターネットに日記を書くようになる

 

いつも誰かに宛てて手紙を書いた

誰だったかは、そのときどきだけれど いつも

好きだったバンドマンだとか 会わなくなった友人とか

そういう気持ちをきっと忘れたくなかった いつか忘れるものだと知っていたから

手紙はいい 出しても出さなくても

出せば相手はきっと喜んでくれる

出さなければその気持ちごと自分のものになる

 

大人になって、みながかんたんには手紙をかかなくなって

手紙ってやっぱたいそうなんだ

ぼんやり思っていることをはっきり文字に起こすのってけっこうめんどくさい

ちょっと違うだけですごく気になるし

空気を型にぎゅうぎゅう押し込んでいるかんじがして正しいのかどうかもよく分かんない

わざわざそんなことをするんだから、一大事だ おおぎょうなことだ

でもそのくらいの気持ちはある

 

最近、ときどき手紙を書く 出すやつ

普段お世話になる人の誕生日に、プレゼントに添えて渡したり

手紙までいかなくとも、ちょっとしたメッセージカードを添えるようにしている

単純に自分がそういうのが好きなだけなんだけど

好きなだけなんだよな結局

何か書いたりするのが 思ってる考えてることが文字になるとうれしく思う

これだけ気持ちがあるんだから、せっかくだから形にしよって思うようにしている せっかくなので

 

そういえば、中学生のころの友人も、近頃手紙を書いている

好きな役者の好きなところを熱心に綴る そして送る

そこにはほんとうに気持ちしかない

読んでるか読んでないかも分からない でも形にして伝えたいって思うから送る

手紙ってぜんぶラブレターだよね

 

日記もたぶんそういうかんじ

今わたしは誰に宛てて手紙を書いているんだろう

きっと、昔の自分とか、未来の自分とか、そういうの

今ここにいない自分に向けて手紙を書いている いつかこれが意味を成すと思って

 

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年を越すこと

年を越す。

去年の年末はなんだかばたばたと忙しく知り合いの仕事のてつだいをしていた。

よいあんばいの一人がけソファを探すために高速に乗ってIKEAに行って結局何も買わずに帰ってきたり、新しいバスタオルを洗濯したら洗濯物じゅうに毛玉というかくずがすごくて「これはもうわたしにはとてもむり」と途方にくれたりした。洗濯物を洗濯機につっこみすぎてすわ地震か? みたいな轟音と振動が響いた。

照明はこっちがいいとか、コップはこれとか、たぶん誰も見てないよなところをいっしょうけんめいこだわって、でも過ぎてみればあんなのなんだってよかったんだよな。

クリスマスに夜逃げみたいにして部屋から部屋へ家具を運びまくったのも今ではよい思い出。

いったいなにをしていたのか。経歴に残っていないので、なにもしていない。

それも三月には終わって、では今年は何をしていたのかというと、はて、いったいわたしは何をしていたんだろうか。この一年、ほんとうにあっという間だったよな。毎年思うのだけど、今年はなおさらそう思う。

年の瀬はいつもせつない。

過ぎ行くものを意識したとき、ひとはこういう気持ちになるのか。青春とにている。

 

10月ごろから、名古屋と新潟と石川と長野に旅行した。きっとこんなに旅行をする二ヶ月は二度と来ない。旅行じたいに興味がないだが、誘われたときは、むりがない限りは乗るようにしている。そうでもしないとわたしは一生部屋から出ない。

名古屋へは、妹と四季をみに行った。

せっかくだからと一泊して名古屋観光をして帰ることにしたのだが、名古屋ってば意外と見るものがない。そのうえ割と近所だ。新幹線30分くらい。初めてでもない。名古屋に住んでいる知り合いに聞いたところ、「ひまか島」がおすすめだというので、2日目はその島へ渡った。のんびりとしていていい場所だと思った。名前のとおり、ひまの島。こういうところへ来ると、いつも、将来いなかに移住するか~、みたいな気持ちになる。わたしはばかなのか。移り住むなら福井か長野に行きたい。

フェリーに乗って島に渡り、妹の写真を撮りながら島を一周して、ごはんを食べて、フェリーに乗って帰った。日差しが強くてまぶしかった。妹は、明後日からの仕事がいやだとぼやいていた。わたしは一生この島で妹と暮らしたいと思った。

ホテルで食べたハーゲンダッツのバニラがおいしかった。

妹が突如としてリトルマーメイドにハマり、どうしても観たいとのことで名古屋まで四季を観に行ったわけだったが、妹は、アリエルの自己チューさに憤慨していた。わたしもしずかに同意した。物語の登場人物というものはいつもだいたい自己中心的。

名古屋らしく、きちんと、手羽先、ひつまぶしを食べた。味噌カツは食べなかった。味噌煮込みうどんも。

帰りに資生堂パーラーに寄ってショートケーキを食べた。妹はもう、明後日からの仕事のことで頭がいっぱいのようだった。私はその顔をただじっと見ていた。

一日目、名古屋駅近くのホテルに泊まった。私は一日のスケジュールをきっちり組みたいほうで、そうでなければ相手に全投げしたくなる。急に意見など求められても困る。ただし妹相手にそれは通用しないことが分かっていたので、何時の電車に乗って何分で乗り継ぎをすればフェリーのこの便に乗れて、島一周にはこの程度時間がかかるのでまあ余裕を見てこのくらいのフェリーに乗れれば帰りはこの電車で切符取ってる新幹線までスムーズだね、みたいなのを全部全部ミチミチに調べていたのだが、フェリーが1時間に一本レベルしかなかったり、チェックアウトの時間が迫っていたりでなんとなくソワソワしていたのだろう、妹が「なにかする?」と訊くので、電車の時間だかなんだかを調べてもらおうとしたのだが、いかんせん遅い。自分がやったほうが早いと判断して「もういいよ」と言ったのだが、それきり妹は押し黙ってしまった。これは怒らせたかな、と思ったので、調べ物がひと段落したあとで「怒ってる?」と聞いてみた。「怒ってない」と妹は言う。「拗ねてる?」と聞いてみた。「拗ねてない」と言う。

こういうやりとりをしているうちに妹はしばらくじっと黙って、それから泣き出した。そこでわたしはようやく、かなしかったのか、と気がついた。

妹は、分からなくて、何もできなくて申し訳なかった、頼りにされなくてかなしかった、と言った。

ばかだと思われるかもしれないが、じっさいのところ、ばかなのだ。こういう気持ちはばかにしか分からないのかもしれない。わたしにもこういう気持ちがよく分かる。分かるから、別にそれならそうと言えばいいのに、ばかだなあ、なんて思いながらも申し訳なくて、申し訳ないけどなんだかかわいくて、笑いながら謝った。謝ってから写真をぱしゃぱしゃ撮った。かわいかった。

しばらく泣くと妹はすっきりしたようで、静かに化粧を直して、「もう行ける」と言った。

 

新潟へは、宝塚を観に行った。どう考えたって京都から宝塚へのほうが近いのだが、なんやかんやあって、新潟まで赴くことになった。初めて見た宝塚歌劇団は一幕がミュージカルで二幕がショー。ショーがすばらしく、何日経っても歌が頭から離れない。ミュージカルのほうは鳳凰伝というおはなしだったのだが、主人公のトゥーランドット(と男)の自己チューさがアリエルにも勝るもので、わたしは頭を抱えてしまった。主人公というものはこうも自分勝手なものか。これが感動の物語として罷り通るものなのか。うんざりである。ホテルでは、ハーゲンダッツのソルトクッキー味みたいなアイスを食べた。ビジネスホテルでハーゲンダッツを食べることにすっかりはまってしまった。

翌日は新潟観光、のつもりだったのだが、この新潟、名古屋に輪をかけてみるところがない。いや、あるのだけれど、なんせ遠い。片道2時間半て。その日の夕方にバスを控えていたため遠くまでは行けず、せんべい王国というわたし激推しの謎空間へ行った。友人は最後まで「せんべいに興味ない」と言っていた。わたしとてそこまでせんべいに興味などないのだが、わたしがそう言ってしまってはせんべい王国に向かう意義があやふやになってしまう。なにかがいろいろと逆転している気がしたが、気にしたらおしまいだと思い深くは考えないようにした。

雨がひどく降っていた。だからか、せんべい王国はがらんとしていて、観光客のすがたもちらほらと見える程度だった。

せんべい焼き体験ができるというので、大きなおせんべいをひたすらひっくり返した。ひっくり返して焼き、しょうゆで絵付けし、もう一度焼く。それだけのことなのだが意外とこつが要るようで、わたしは一度せんべいを割ってしまった。温度差が大きく出るとせんべいに亀裂が入りやすくなるようで、できるだけゆっくり熱し、冷めないうちに絵を描き、すみやかに、しかしじわじわと熱を入れなおすことが重要だそうだ。

せんべいとわたしたちの面倒をみてくれていた従業員のおばちゃんは、わたしひとりだけ割れてしまったことをふびんに思ったのか、わたしが再度せんべいを焼いているあいだただ待つだけになる友人をふびんに思ったのか、なんとかひびだけで保っていた友人のせんべいを見「これ割っちゃう? も一回焼き直す?」と言った。友人はエッめんどい、みたいな顔をしていたが、おばちゃんは「割るね! これひみつね!」とかなんとか言って網にせんべいを叩きつけてハート型のせんべいをばりばりに割った。

かくしてわたしと友人は第二ラウンドに突入し、今度ばかりはと颯爽とせんべいを焼き、ぶじに大きなせんべいを完成させた。友人はまだ「これ絶対いらん」と言っていた。

その頃には客もずいぶんと増えていて、せんべい焼きスペースは中国人の団体であふれていた。

ひとり、若い男の子の店員さんがいて、せんべいを焼きながら話していると、18歳だと言っていた。人と関わる仕事がしたくてここで働いているそうだ。へえ。せんべい王国。雨の日のせんべい王国の思い出。

移動のバスに乗る前に食事をとることにしたのだが目ぼしい店が見つからず、しかたなしに駅の中の店で食べたいくら丼がおいしかった。雪の降りそな曇天のなか、ビールを飲みながらだらだらと食べ、すぐに誰とでも親しくなれてしまう友人は店員のおばちゃんにおすすめのお土産についてあれこれと訪ねていた。

夕方には高速バスに乗って石川まで向かった。道中わたしはずっと眠っていたのだが、友人が言うにはずいぶんとひどい雹が降っていたらしく「死を覚悟した」と言っていた。ガラスが割れる気がしたらしい。あんな轟音の中でよく寝てられたな、と言われた。

石川へ着くともう夜だった。さっき食べたばっかりだとは思ったが、駅のそばの居酒屋でかんたんに夕食をとり、その日はホテルに帰ってすぐに眠った。

翌日、学生時代の共通の友人と待ち合わせて、21世紀美術館へ向かった。企画展がとても好みで機嫌がよかった。箸に金箔を貼ったり海鮮丼を食べたりしているうちにあっという間に時間になり、私と友人はサンダーバードに乗って京都へ帰った。

京都駅に着くと、ああ帰って来た、という感じがする。子供のころ、同じようにサンダーバード(昔は「雷鳥」だったが)に乗って休みのたびに祖母の家に行っていた。その頃は、帰りたくなくて、帰りの電車の中で毎回泣いていたっけ。祖母の家に向かう道すがらでしか訪れなかった京都駅。いつの間にか、妹と買い物に来たり、友人と遠征のために待ち合わせたり、仕事の場になったりした。

高校生のころ、夜行バスに乗って東京までライブを見に行くとき、毎回二度と戻ってこられない気がして心臓が痛んだ。遠征帰りの気怠い感じ、明け方の凍える空気、帰ってきた、帰ってきてしまった。ライブが終わって日常へ帰る。それを何度も繰り返す。

もういやというほど見たはずの京都タワーだって、何度も写真に撮ってしまう。毎度、こんな色だったっけ、と思う。

自分の働いていた場所を見ると、同期はどのくらい残っているだろうか、今どうしているだろうかと気になる。そういう余裕が出てきた。でもきっと、もう二度と会うことはないんだろうな。

あっという間に、あたりまえに、2017年は終わる。

 

 

 

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食生活と理想の暮らし

この限られた時間・空間・金銭、そして体力のなかで、どうQOLことくおりてぃおぶらいふをあげてゆくのかというのが人生というものかと思います。

ぜんぶ取りは、わたしの身分ではとても無理です。

ということは、何にステ振りするのかを考えなければ。

 

この件に関してはわたしは結構何度も真剣に考えて試行錯誤を重ねているのだが、ことごとく失敗、今のところまだ納得のゆく結果にたどり着けていない。

 

やはり人間生活の基本は衣食住だと思う。なに着るか、なに食べるか、どんな部屋に住むか。

ツイッターのつぶやきからも分かってしまう可能性高いけど言うまでもなく今は食に拘っていて、自炊ブームが来てしまった。

私の場合、食で食われるのは主には時間、次いで金。最後に少しだけ空間。

 

前回あるいは前々回の自炊ブームの際に用意された純ココアをそろそろ使い切らなければならないのでは? という不安にかられ別に食べたくもないおやつを作り一瞬で平らげたり、いや一瞬で平らげるのはよくない、小出しにしよう、と冷凍して冷凍したまま別に食べたくないので放ったらかしにしてしまったりしている。

 

今日も、18時に起きて買い物に行き(昨日からの計画だったので)鍋(正確に言うとでかいフライパンなのだが)いっぱいに具沢山の豚汁をつくりピーマンとエリンギとねぎを煮びたしにし特売になっていた青梗菜をエリンギと中華風に炒めきゅうりと大根を漬け込み明日サラダにでも浅漬けにでもできるよう大根とキャベツを下ごしらえし甘辛く煮る用にこんにゃくも下茹でし、夕食だかなんだかわからないけどとりあえず食事をとったら、もう、23時を過ぎていた、びっくりした。なにやっているのかわたしは感。費用対効果? コストパフォーマンス? 少なくとも時間は無駄にしているし別に安くもないかな。野菜をまるごと買うのでいかんせん分量が多いのと、どうせなら作り置きをしよう、という意識が働くため大量に作ってしまい、でも目の前にあると食べたくなるもんで、別に食べなくてもいいものを満腹になるまで食べてしまう、いいように言うとた〜くさん食べられる、ということくらいが利点か。

食事に視点がいっているとき(今のような)以外はひとりでいると空腹時以外食事をとらない。

もともと日頃食べるものに拘りがあるほうではないので、キャベツを延々食べ続けたりコンビニの半額おにぎりだったりカロリーメイトだったりすることに抵抗がない、栄養は適度に摂らなければならないとして、でも、まだそのほうが諸々コスパがよいと言えるのではないか。

 

とにかく食に視点がいくと、一日中食事のことを考えてしまうのがいやだ、あれを作ろうこれを作ろうあれ食べたいこれもそれもって。食事作って食べてそれだけで一生問題なく過ごせるのであればそれもいいが、そうでもない、そんなわけはない。のだから私が食に拘るのはコストが掛かりすぎる、ということになるのだろう。

毎度ここまでの経過を辿り、わたしの自炊ブームは幕が降りる。そして数ヶ月後に再熱する。懲りない。しかしそれまではテキトーなものを食べる。これもまた懲りない。この3年間何度も繰り返して居る。サプリメントだけは欠かさない。信頼しているわけではないがないよりましだろと思っている。

 

ときにこういうことになってしまうのは、きっとふだんあまりにも粗末な食生活を送っていて、それを鑑みたときに「もっと食にステータス振ったほうがいいんじゃ?」みたいな思考が生まれるからだと思う。

 

もっとちゃっちゃと手際よくできていればまた別なのかもしれないが、私の場合「自炊」していこうと思うとこういうことになるんだな。でもこれって生活としてありなのか? いやry

=結論:自炊しないほうがいい。

 

いい感じの妥協点としては、せめて、ドイツとかフランスあたりのあの食事スタイルを身につけるべき。卵ちゃっと焼いてパンにチーズ挟んでサラダと食べる、みたいな。キャベツ齧るとかりんご齧るとかでなく。

なので食に視点がいった時点でこっちの方向にチャレンジしてみるべきなのだが、下手に凝り性なので、まあ煮込んだりなんなりしちゃうんだな。しかもおいしいんだな。

ところがこれは当たり前で、たまに作るお父さんの料理がおいしいみたいなもの。生活料理ではない、趣味料理で、生活としてのルーチンは無視されたもの。ランニングコストあまり考えず手間かけ時間かけ好きでやってんだからおいしくてあたりまえなのだ。これでまずいのは本当に味音痴な人だけだ。これで料理ができるなどと勘違いしてはいけない。そういうのほんと腹立つ。別にわたし普段から料理しないし誰の味方をしているわけでも誰に向かって言ってるわけでもないんだけれどほんとそういうの、そういうところだぞ、皆そのあたりをきちんと考えて発言してほしい。あれっなんかわたしすごい怒ってる! なにかに取り憑かれていたのかな。そういう人間がほんと嫌い。

 

今の作り置きがなくなった段階で上記の食生活にシフトすることを希望します。

そして次は住ブームが来ると予想。部屋が汚くてどうにかこうにかしたいと思っているけど、片付けるだけじゃ済まないんだよな。

なんてーのか、食事はてきとーでいいよ、住むところもまあ屋根あって毛布あればうれしい、着るものはふつーの人に見えたらOKってくらいなんだけど、なんでこうなってしまうのか。

 

 

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(依然として)何者でもない私へ

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シロップ16グラムのライブをなんばハッチに見に行った。

 

前夜、調子に乗って飲みすぎてしまい始発で帰宅、そのまま服を脱ぎ捨てはだかで眠っていた。

夕方の6時には飲み始めていたので12時間ほど飲んでいたことになる。

目がさめると15時。二日酔いだった。

 

いい歳してなぜ酒を適量で止めることができないのか。翌日後悔することがわかっているのになぜ手を止めることができないのか。なぜ初めから終わりまで同じペースで飲み続けてしまうのか。酔えないならまだしも、酔ってなお、なぜ更なる酔いを求めてしまうのか。

自分のばかさに毎度のことながら心底呆れる。ほんとばかじゃないのか。というかばかだ。

 

だいたい、分かってるんだ、10杯を超えるとたいがい二日酔いになる。昨日は氷結ストロングを一気してから家を出て、ビールを5杯、スパークリングワイン3杯、チューハイを6杯飲んでいる。完全に二日酔いコースだった。

 

トイレとお友達しながら、もう今日はやめておこうかという考えが何度も頭をよぎった。一方で、シロップのライブだけはなにがなんでも行ってやるという執念もあった。吐きながら前日の化粧を落とし吐きながらシャワーを浴びて吐きながら化粧をして最後に歯はきちんと磨いて家を出た。

幸いそれ以降催すことはなかった。7年目にもなると、二日酔いスキルも向上してくるものなのだ。一年前のアートスクールのライブを思い出した。

 

ライブといえば昔は一大イベントで、一日掛かりの大仕事だった。物販の始まる何時間も前から会場にたむろして、ソワソワソワソワと気分が落ち着かなかった。ライブが終わっても帰りたくなくて、会場から離れるのが嫌でしかたなかった。

今は、ライブが始まる直前に会場に入るし最前ダッシュもしない。お酒を飲みながらライブを見るし、友人がいればライブのあとはそそくさと飲みに行く。

 

 

COPYを発売してから16年、オリンピックが4回過ぎた、と五十嵐さんが言った。

わたしはいつも、10年間同じ音楽ばかり聴いている、と言っていたが、もはや10年どころではなかった。時が過ぎてゆくのって、意識しなくなってしまうと、ほんとうに早いよな。わたしはいつまで14歳のつもりなんだろう。

 

 

グッズは、Tシャツ2枚と缶バッヂを買って帰った。

 

 

 

追伸、She was beautifulではじまって土曜日で終わる流れって最高としか言いようがないし、Share the lightとクーデター〜空をなくすはやっぱりため息でるほどかっこいい。

 

 

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行為と意味と目的その他

 

 

 

 

 

 

 

人の生活の中にはかならず体が覚えていることというか無意識の動作のみで成立していることがあって、その動作の手順を一つずつ踏んで行く儀式のなかで「は」とひらめくことがおおい、のだと思う、ひとは

散歩とか風呂とか、そういうぼうっとした瞬間

ハンドスピナーのごとく

私にとってそれはたぶんお風呂と化粧で、これらはどちらもかつていっしょうけんめい考えて覚えたものだけれど、今となってはほぼ無意識でできる、かたちでセットの記憶になっている

 

 

今の私にはこれがたりないのではないか

その動作の意味にのみ目がいってしまっていて、そのなかで生み出されるものに目を向けられていなかった

シャワー浴びるのはめんどいよね、化粧も。だって人と会う予定もなければ外に出るつもりもないんだもの

でもいざシャワー浴びてみると、そのシャワータイムのあいだ、わたしはものすごくいろいろ考えている

これはそうだ中学の部活のとき、アップで走っているときと同じだ。体育のマラソンと同じだ

わたしはいつもそのとき考えたことを忘れたくなくてメモを持ち歩いていた

さすがに走りながら書くことはできないから、木陰に、タオルとラケットとお茶と一緒にちいさなメモ帳をペンを置いていた

あのメモはいまどこいったんだろう

どうせたいしたこと書いてないんだけど

 

食事もそうなのかもしれない

その行為の意味や尊さはよおくわかるんだが、でも、時間かかるわお金かかるわその上空腹でもないわってなりゃどうしてその行為ができようか このわたしに

 

 

ひとと一緒にいると食事をとる とることになる 必然的に

外に出ると少しは腹が減る

おとといは焼肉を食べた

焼肉とは別に、マッコリに日本酒ジョバババっていうとんでもない酒を飲んでしまい、日本酒の苦手なわたしは即刻酔った

19時から3時まで飲んでいたのだが20時半くらいからの記憶がない

 

きのうは焼き鳥を食べた

案の定二日酔いで、食欲などどこにもない どこにも

でも食べねばならぬ 人といるのだから 夕食の約束をしたのだから

吐きながら食べた 鳥さんごめん

酒は飲んだ

 

しかしこれらの食事は生活ではない 食事であって食事でない。どちらかというと酒を飲んでいるし、そもそもそうでなく、これは食事という名の下に「誰か」との時間を作っているに過ぎない 双方

 

 

今日は半年ぶりくらいに米を炊いた

三合の白米 十六国米と、ばらばらと押麦を混ぜて

小分けにして冷凍しておく

ごはんおいしい 酔ったときにスーパーで衝動買いした高い梅干しがおいしい すっぱいやつ おおきくてすっぱい 塩分が高い 延々と種を口に含んでいられる

 

そして今日も一日が終わる

手元に何もない

 

 

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夏が終わる・感慨

夏が終わる。

先週末から今週のはじめまで学生時代の友人が泊まりに来ていた。べつになにするでもないんだけれど夜になれば飲みに出た。最近遊んでる男の子の話とかあのこがカワイイとか元彼がどうしてるとかどうでもいい話をして家に帰って眠る。

3日目の朝、目が覚めて、ひとことふたこと喋ってまた眠り、ふと目が覚めては起きなきゃ起きなきゃと言って眠り、何度かそんなことをくりかえして昼を回ってからやっと体を起こす。ラーメン食べて岩盤浴行こう、と言われてその通りにする。わたしはひとりでは絶対にこういう行動の選択はない。

すっぴんのまま、ワンピース一枚だけ着て彼女が学生時代バイトしていたラーメン屋さんに行った。当然のように車を運転してくれる。そのこと同じ、ラーメンの並に煮卵をトッピングを選んだ。ここのラーメンはお酢とにんにく入れて食べるとおいしいんだよと教えてくれる。ねえ、お昼からすっぴんでにんにく入れたラーメン食べるってやばいね。26歳の彼氏のいない2人。
ラーメンを食べ終えて、近所のパーキングに停めていた車に乗り込むとき、車の向こう側の彼女がちらと見え、あ、夏が終わる、と思った。むかしむかしの夏休みの終わりのほうの気配がした。


そのまま伏見まで行ってスーパー銭湯。ああここかあ、ここなんかよく通ったな。銭湯とか温泉とかのお風呂のにおいってなんか好きだな。いや好きじゃないのかもしれない、けどなんだか思うところがある。コインランドリーのにおいも似ているのかな。湯気のにおいなのかせっけんのにおいなのかなんなのか。不潔なのか清潔なのかわかんないにおいなんだよな。

彼女とはたくさん旅行した。グアムも二度行った。わたしは決して自分からは外に出ない。けれども学生時代は何度も旅行した。

なんども裸見てるけど何回でもちょっと照れるよね。でも照れるのももうはずかしい。だからなんでもない顔をする。大学生のころ、あんな話こんな話聞いたなって、裸になった瞬間なぜか思い出した。おっぱい見たからかな。

前日の夜、居酒屋で安い酒を飲みながら、今年27だから大学入学からでもう8年の付き合いになるんだよ、なんかこわいねって話をした。こわいだろ。10年っていう時間がひと呼吸で済んでしまう。
3時間くらい岩盤浴出たり入ったりして、温泉入って、外に出たら5時くらいになっていた。まだ5時だけれど、どっと疲れていた。この瞬間眠ったら確実によい夢が見れてしまう。海の帰りみたいだ。
たらたら喋りながら家に帰って、わたしはそのままベッドに突っ伏して眠った。彼女は化粧をして髪を巻いて着替えて飲みに出た。雨の気配がすさまじく、これ、雨降るんじゃない、傘持ってきなよ、とわたしは言ったが、彼女は、降らない、いらない、と譲らない。

目がさめると案の定雨が降っていた。22時ごろだったかと思う。冷蔵庫から酒を出して飲み始める。体が重い。

終電で彼女が帰ってきたので、傘を持って駅まで迎えに行った。いいって言ったのに! という彼女を無視して、コンビニでつまみと酒を買って帰った。
化粧を落としてシャワーを浴びて、もう今すぐ寝れるねって状態になり、そこからもういちど、酒を飲みなおす。三時間くらい飲んで、しずかに眠った。何を話したのか、ちっとも覚えてやしない。
翌日、彼女は地元へ帰っていった。明日からまた仕事なのだという。大学を出てから短大に行き、それから地元で勤めると聞いたとき、え、就職すんの?!  と誰もがおどろいた彼女は2年経ってもりっぱに仕事をしている。休みのたびにあちこち行って、学生のころと変わらないくらい遊んでいる。今回だってこっちへくる前日まで韓国にいたようだ。すごいね、ってわたしは言う。彼女は、私達真逆だね、と言った。

 

彼女が帰ったその日、わたしはそれから1日眠って、その翌日もまた1日眠って、その翌日の夜になって、ようやく外に出た。外は思ったより暑くなく、一週間ぶりに部屋のクーラーを消した。夏がどっかへ行ってしまった。わたしが知ってる夏ってもっと暑かった気がする。毎年夏になると、夏ってこんなんだっけ、あれ、と思う。いろいろと。今年ももう夏が終わる、たぶん。実際に、もう21日なのだし。家賃振り込んで、保険振り込んで、月末の引き落としのために口座のお金がマイナスにならないように調整したら、もう9月だな。そしたらもう冬だ。クリスマスが来て正月がくる、たぶん。わたし来年はどうしているんだろう。来年になるころには27になっているんだけれど。

 

 

 

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画像に関してとくにコメントとかはありません。