もっと新しいヒーローをさがします
一限と二限の授業はモンスターについて学んでいる授業で、今回はスーパーヒーローについて言及していた。
アメリカの優生学(発祥はイギリスだが盛んになったのはアメリカ)から生まれたスーパーマン。fitness(diet,training,life style)を目指した庶民に逆行し、より白人らしく、より強くを目指した。
そしてそのスーパーマンという名を冠した雑誌がイギリスにあったらしい。ボディビルダーのムキムキの写真がたくさん載っていたそうだ。その雑誌は今ではゲイのコレクターズアイテムとなっているらしい。これが興味深いと感じた。
現象だけ考えると皮肉だよね。保守主義者と言われるスーパーヒーローはどんな顔をするのだろう。
スーパーヒーローの負けではないけれど、白人らしさの頂点(=人類の頂点)にあったスーパーヒーローという存在が、もはや頂点ではなくなっていると感じる。
多様性の時代だ! とか今更言うつもりもないけれど。
現在の、日本のヒーローって誰なのだろうと考えたけど、ぱっと浮かんでくるものがなかった。
昔でいうとウルトラマン? ウルトラマンは人間+宇宙の、狐憑きのような日本的ヒーローだと先生は言っていた。
子供は正義()が好き、ヒーローが好き、と思っていたけれど、子供たちは妖怪ウォッチを見て喜んでいる。妖怪というと、正義か悪かというと悪のイメージがある。そもそもポケモンが流行った時点でヒーローはいないのだけれど。
スーパーヒーローのような、「皆の大きいヒーロー」はもう古いのかもしれないと思った。それぞれが小さな自分だけのヒーローを見つけている。と仮説を立てた。
そしてサブカルチャーだったものがメインカルチャーと同等の扱いを受けるようになってゆくように、この「自分だけの小さなヒーロー」が拡大されそのうち「皆の大きいヒーロー」となり世界はくりかえされてゆく……というところまでもうそうしておなかすいたからやめた。どん兵衛食べる。
この授業の先生が食品添加物の研究とかしている人で、ひとは年間だいたい5キロくらいの添加物を食べてるよ~と言っていたけれど、まあしゃあないわな、と思った。自給自足生活するつもりもないしその時間を別のことに充てたいし。
けっきょくわたしは後ろ暗いスーパーヒーロー萌えるってことを考えていた。
己の正義(他人の悪)のみを信じて突き進むスーパーヒーロー、しかし彼らも自らがそういった矛盾をはらんだ存在だということは理解している。その苦悩がカワイイ~いじらしい~と思った。苦悩を持っていないスーパーヒーローなんかヒーローじゃないよ。おわり。