おやすみなさい

報告は以上です

暮らs

口頭試問が終わった。

途中でじぶんの喋りの下手さに絶望しかけたけれど絶望したらほんとうに終わってしまうのでできるだけバカに鈍感になって乗り越えた。ぜんぜん的確な受け答えができなかった。いつもだけれど。

面接の類がほんとうに苦手だ。中学生のとき、英検を受けていたときも、準二級の試験で面接を終えて、もう二度と英検なんか受けない、と思った。それから実際に英検を受けていないので、就職活動のときに資格欄に「英検準二級」と書くべきかいくらか迷った。なにせ随分昔の話だし、実際に英語なんかぜんぜんできないし。結局資格欄には「普通自動車第一種運転免許」としか書かなかった。本当は運転もできないけど。

口頭試問が終わった暁には解放感でいっぱいになるものだと思っていたが、案外、というかまったくそんなことはなかった。やることはまだまだあるからなのだと思う。

 

明日は物件の内見に行くので内見のとき気にすることリストを作成している。このあいだ下書きを彼氏に見せたら「うざ」と言われた。確かにこれ全部問われたら超うざい、という内容と分量になっている。チェック項目が50くらいある。

「迷惑かけんなよ」と言われて、もんだいない、と応えた。希望の物件が10以上あり、且つ「やっぱり自分の目で見ないと分からないことも多いと思うのでできるだけ全部見たいです」とか言っているので既に迷惑はかけていることと思う。

 

授業で、1960年の「団地への招待」というビデオを見た。いかにも60年代然としたナレーションが印象的だった。

そういえば子どものころ、団地は憧れだった。わたしの住んでいた町はいわゆるニュータウンで、半分くらいが戸建、半分くらいが団地やマンション住まいだった。

戸建の家の子はなんとなくおとなしい子が多かったかもしれない。団地の子は明るくて活発でいつもうらやましかった。

 すぐ隣の部屋に友達がいるという環境がそういった性格を作っているのでは、と当時のわたしは考えた。わたしもそうなりたいと思った。わたしも団地に住みたかった。たまに団地の家に遊びに行くと、その暮らしの乱雑さにときめいた。

家があるのだからどうしようもないし、言ってはいけないことだと分かっていたけれど、それでも何度か母に、団地っていいな~と言ったことがある。母は困った顔をしていた。

戸建という地面に根を張っている感覚が重かったのだ、とあるとき気付いた。いつかマンションに住もう、と決めた。

マンションやアパートのあのペラさ、仮住まいの軽さがうらやましかった。そういうところに住めば、わたしも少しは身軽になれるかもしれないと思った。

それなのに今、実際に物件探しをしていて、少しでも「りっぱな」ものを、少しでも「家らしい」ものを、と考えてしまう。囚われているのか。それとも本当はやはりこういうものを求めていて、団地への憧れは、自分とは別の世界の話だと思って面白がっていただけなのか。

自分の不確かさがはがゆい。

 

必死になるシチュエーションがあまりない。命の危険を感じることもあまりないし、衣食住も問題ないし、いざとなったら金を稼げる方法も知っている。

大学生、必死、といったら、レポートや提出物で必死になっている学生がいるが、なんで早めにやらんのだ、とわたしは心底不可解に思う。当日に提出するとかありえないこわい。

わたしはなんでも「前以て」のタイプだ。前以てスケジュールを立て前以て予測したい。予想外のことは大嫌い。だから「今から飲みに行こうよ」みたいなのって、ほんと、おいおいまじか、という感じである。それでも外にいると対応できるが、家の中にいると、もう絶対無理だ。一週間前、せめて一日前に言って! と思ってしまう。やはり重い。(主に腰が)

家がもう、終の棲家感がすごいのだ。毎日家で死んでいる。いったん家に入るとコンビニにすら出られない。こういうところが嫌なのだ、わたしはもっと軽いフーワフーワした生活を送りたいのに。

思えば徹夜もずいぶん長いことしていない。中学生のころは、徹夜して絵を描いて、明け方空の色が変わってくるのを見ているのが好きだった。今はどちらかというと寝たいと思う。だいたいのことよりは寝ることのほうが好きだから。娯楽としての睡眠。

寝ると、昨日の自分は死んで、新しい自分になってしまう。けれど寝ずにはいられない。

わたしはこれからも淡々と生活をつづけ淡々と制作をつづけてゆくのだ、という気がしている。

 

 

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