おやすみなさい

報告は以上です

渇望

渇望はない。

おもったよりへいきだし、おもったより時間は過ぎてゆく。

4月1日からしごとをはじめて、それから一文も書いていない。本もほとんど読んでいない。芝居も観ていないし映画も観ていない。たまに、うつくしい言葉を、とおもうくらいだった。

わたしの部屋は未だベッドと机しか大きな家具がない。ソファやラックも買うつもりで、でも未だ選びきれずにいる。いいかげん決めたい。そして部屋をいったん完成させたい。

そのため収納場所がなく、本やまんがはまだ実家に置いたままだ。一度、好きなもののない生活ってなんて貧相なのだろう、とおもい、実家から気分で五冊だけ本を持ってきた。種村季弘の『雨の日はソファで散歩』とペソアの『不穏の書、断章』と三島の『仮面の告白』とコクトーの『恐るべき子供たち』と永井均の『ヴィトゲンシュタイン入門』。けれどそれらもほとんど読んでいない。


いつのまにか時間が過ぎているのにおどろく。

昨日一日休みだったはずなのに満喫行ってまんが読んだだけでもう今日だし今日だってさっき起きたばかりのはずだしそもそも5月ももう21日なのだ、うそくさい、だってわたしはさいきん働きはじめたばかりでまだ分からないことだらけなのに。

このままでは一生なんてあっというまに過ぎてしまう、とおもった。

 

パソコンをさわったのすらひさしぶりである。

毎日8時間しごとに出掛けて、でも休憩含めるとけっきょく9時間で残業だってするししごとに行くためにはその準備や通勤時間もかかる。

帰ってきたらごはんを作って食べてねむる。起きたらまたしごとへ行く。

拘束時間、という枠組みで考えるとこれまでとちっとも変らない生活をおくっている。それなのになんだかぜんぜんちがう、とおもう。はたらいている。

 

いまのところ、仕事ちゅうも休みのことばかり考えている。3割くらいは豚のことを考えている。

休みといってもなにをするでもなく、洗濯をしたり、掃除をしたり、スーパーに行ったりでこれまたあっというまに一日が過ぎてゆく。

時間というものはそもそもこういう速度のものなのかもしれないとおもう。

子供のころの、10分待てないあの間延びした感覚こそが異常だったのではないか。

この調子では、一年なんてあっというまであるし、その積み重ねで一生だってあっというまだ。

辛いこともたのしいこともすべて一瞬のできごとだった。そういうものだった。ただ時間は過ぎてゆく、ただそれだけの一生だった。とおもう。とおもう。

洗濯は毎日できないが洗い物だけは毎日する。翌日に持ち越すと一生できないきがしている。

 

はたらきはじめ、分からないことばかりできないことばかりでふがいない、申し訳ない、故につらいという時期を経て、5月に入るころには少し慣れてきた。なんなら楽しいこともふえた。

ところが1週間ほど前、とつぜんすべてがダメになった。1日にいくつもミスをぶちかます。悪い癖だった。パニックになって頭がまわらない。つらい。なにもかもが嫌で、なんで自分はこんなにだめなんだ、もうほんとうに早く帰りたい、とそればかりおもった。数か月でしごと辞めるひとなんてばかでしょ、とおもっていたが、それでもいい、辞めよう、とおもった。人と接するサービス業なんて、そもそもわたしには向いていないのだ。ひたすら苦痛だった。

 

こんなこと、ちっとも初めてでない。

わたしはずっとこういう時間を過ごしてきたのだった。思いだす。忘れていただけだった。わたしはもともとずっとずっと苦痛なだけの時間を過ごしてきたんだ、ただ忘れていただけだった。つらくてパニクってどうしようもなくなる。

ではそのときどうやってその時間をやり過ごしたのか、いや、やり過ごすのは存外簡単で、やり過ごすだけではいけない場合が厄介なのだった。

こどものころは、ただつらいつらいとおもっていてもよかった。パニックになって固まっていたって時間はかってに過ぎてゆくのだから。

 

中学生のころ、わけもわからずなにかがつらく、常時脳内過剰回転で空回り、ペンも握れずもちろん勉強なんてできなかったけれど、それでも時間はかってに過ぎて、わたしはいつのまにか24歳になった。

つらい、と思っているだけで、そのつらさをぞんぶんにかんじているだけで時間は過ぎてゆくが、なにかをしようとしたとき、行動や思考が必要になるときにそれではいけない。

演劇をやっていたときもそうだった。しごともそうだ。やらなきゃ、やりたい、とおもう。死ぬまでただ時間をやり過ごすことだってできるけれど、そうじゃないのだから、じぶんで決めたことなのだから。

 

そのばあいにわたしが用いてきたのが酒と薬なのだった(あやしいやつじゃありません)。

職業柄酒のにおいには敏感なひとが多いだろうし、酒は抜けてきたころがしんどいけれど仕事中じゃ追加もできないので却下、となれば考えつくのは薬だけだった。

別にもういいだろと思っていて、でもなんとなく持ってきたなかでいちばん無難な薬を選んだ。

薬を飲んで数日すごしたら、それだけできゅうに楽になった。マアイイヤ、とおもえるようになった。じぶんはあまり成長していないな、とおもう。それでもこれからもこうやって自分をコントロールしてゆこうとおもった。

 

しごとがいま楽しくないのはしかたがない。だってじぶんが楽しめるところまでまだたどり着けてないのだもの。まず覚えて、数こなして、慣れて、それでようやく自分なりの、とか、楽しみかた、とか、分かってくるものだと考えている。だからいまはしかたがない。そういうもの、とおもう。

 

「おもう」「かんじる」じゃなく「考えろ」とわたしはいつも考える。

考えることさえできれば物事はすすむ。なにがなぜつらくてどうすればそれを解決できるのか、ということを考える。

つらさで人が死ぬわけではないし、じゃあつらさがなにがいけないのかというと、わたしの場合はパニックに陥り考えることができなくなるからなのだった。

のちのち冷静になって考えた結果、けっきょくのところ、わたしはいつも人より考えすぎ、まじめすぎ、緊張しすぎ、なのである。

むかしにくらべるとずいぶんとまじめじゃなさは手に入れてきたけれど、それでもまだ人並み以上にまじめだ。

もっと楽にしなければ人並みではいられない。ふつうでいるために楽でいなければならない。

これが、内的ななにかによって成せればいちばん良いのだけれど、いまはまだそうはできないから、外的要素を用いてでもむりくりふつうになる。年をとるにつれてだんだんましになってきたなとおもっていたけれど、たまに今回のようにぐっと引き戻される。80歳くらいになったらたぶん人並みにまじめじゃなくなれるきがする。

わたしはふつうになれたらだれにも負けないじしんがあるのに。

 

 

テレビがないので音楽ばかり聴いている。10年前と同じ音楽。

ぞっとする。14歳からもう10年経っている。この10年間わたしはひたすら同じバンドを同じアルバムを同じ曲を聴きつづけている。

形は変わろうとも、心のこと音楽のこと言葉のことバンドマンのこと、そしてなにより自分のことばかりかんがえつづけた10年だった。

わたしがスゴイなこの人適わんなとおもうのは、どんなにすばらしい物語を書ける作家でもどんなに美しいものを描けるアーティストでもどんなにおいしいカクテルが作れるバーテンダーでもなく、ただ社会で暮らしてゆく知恵を持っている人と、なによりただ楽器を弾けるだけの歌が歌えるだけのミュージシャンだった。

わたしが信じる歌を生み出してくれるミュージシャンはすごい。ただただすごい。すばらしい。無条件に愛すべき存在。

 

中学生のころ、深夜になるとネットラジオをよく聴いていた。

いまのネットラジオと違って主の声が聴けるとかましてや顔が見られるとかそんなんではなく、垂れ流しっていうのか、ただその主のチョイスした音源がずっと流れているというタイプのラジオだった。

朝までそのラジオを聴きながら、たまにそれを聴いているひとや主と某匿名掲示板で会話を交わす、というのがわたしの休み前の夜の過ごしかただった。

なんでだろう、しんどいとかしにたいとかそんなことばかりだったけれど、いまになってあの時間を、リビングで息を潜めてディスプレイを見つめていたあの時間を、さむくてでも暖房も付けずに椅子の上で膝を抱えていたあの時間をなつかしく、いとおしくおもう。

朝方になるとよく流れていた曲、シロップのタクシードライバー・ブラインドネススピッツの大宮サンセット、ペリの労働あたりを聴くと、いまもあの風景を、あのときの気分をおもいだす。胸がぎゅっとなる。

 

泊まり勤務明けの朝、不意にそんな曲のことをおもいだした。

じぶんのなかで徹夜ソングだった歌がしごとと繋がって、時間って過ぎてゆくのだなあ、年をとったのだなあ、とじんわりおもった。

帰り道、地下鉄に乗りながらipodをひっぱりだしてあの曲を聴いた。やっぱりあの夜のことをおもいだす。最寄の駅に着き、地下にある駅から階段を上って外に出ると、引くほど陽が照っていて目が開けられない。ほとんど夏だった。就活用に買ったパンプスを引き摺るようにして家まで帰った。家に帰りドアを開けると空気がひんやりと冷たく、これから2日間の休みがあるのだとおもうと最高の気分になった。

 夏はもうすぐそこ。でもその前には梅雨がある。

 

 

 

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