おやすみなさい

日記以上の意味も価値もない

年を越すこと

年を越す。

去年の年末はなんだかばたばたと忙しく知り合いの仕事のてつだいをしていた。

よいあんばいの一人がけソファを探すために高速に乗ってIKEAに行って結局何も買わずに帰ってきたり、新しいバスタオルを洗濯したら洗濯物じゅうに毛玉というかくずがすごくて「これはもうわたしにはとてもむり」と途方にくれたりした。洗濯物を洗濯機につっこみすぎてすわ地震か? みたいな轟音と振動が響いた。

照明はこっちがいいとか、コップはこれとか、たぶん誰も見てないよなところをいっしょうけんめいこだわって、でも過ぎてみればあんなのなんだってよかったんだよな。

クリスマスに夜逃げみたいにして部屋から部屋へ家具を運びまくったのも今ではよい思い出。

いったいなにをしていたのか。経歴に残っていないので、なにもしていない。

それも三月には終わって、では今年は何をしていたのかというと、はて、いったいわたしは何をしていたんだろうか。この一年、ほんとうにあっという間だったよな。毎年思うのだけど、今年はなおさらそう思う。

年の瀬はいつもせつない。

過ぎ行くものを意識したとき、ひとはこういう気持ちになるのか。青春とにている。

 

10月ごろから、名古屋と新潟と石川と長野に旅行した。きっとこんなに旅行をする二ヶ月は二度と来ない。旅行じたいに興味がないだが、誘われたときは、むりがない限りは乗るようにしている。そうでもしないとわたしは一生部屋から出ない。

名古屋へは、妹と四季をみに行った。

せっかくだからと一泊して名古屋観光をして帰ることにしたのだが、名古屋ってば意外と見るものがない。そのうえ割と近所だ。新幹線30分くらい。初めてでもない。名古屋に住んでいる知り合いに聞いたところ、「ひまか島」がおすすめだというので、2日目はその島へ渡った。のんびりとしていていい場所だと思った。名前のとおり、ひまの島。こういうところへ来ると、いつも、将来いなかに移住するか~、みたいな気持ちになる。わたしはばかなのか。移り住むなら福井か長野に行きたい。

フェリーに乗って島に渡り、妹の写真を撮りながら島を一周して、ごはんを食べて、フェリーに乗って帰った。日差しが強くてまぶしかった。妹は、明後日からの仕事がいやだとぼやいていた。わたしは一生この島で妹と暮らしたいと思った。

ホテルで食べたハーゲンダッツのバニラがおいしかった。

妹が突如としてリトルマーメイドにハマり、どうしても観たいとのことで名古屋まで四季を観に行ったわけだったが、妹は、アリエルの自己チューさに憤慨していた。わたしもしずかに同意した。物語の登場人物というものはいつもだいたい自己中心的。

名古屋らしく、きちんと、手羽先、ひつまぶしを食べた。味噌カツは食べなかった。味噌煮込みうどんも。

帰りに資生堂パーラーに寄ってショートケーキを食べた。妹はもう、明後日からの仕事のことで頭がいっぱいのようだった。私はその顔をただじっと見ていた。

一日目、名古屋駅近くのホテルに泊まった。私は一日のスケジュールをきっちり組みたいほうで、そうでなければ相手に全投げしたくなる。急に意見など求められても困る。ただし妹相手にそれは通用しないことが分かっていたので、何時の電車に乗って何分で乗り継ぎをすればフェリーのこの便に乗れて、島一周にはこの程度時間がかかるのでまあ余裕を見てこのくらいのフェリーに乗れれば帰りはこの電車で切符取ってる新幹線までスムーズだね、みたいなのを全部全部ミチミチに調べていたのだが、フェリーが1時間に一本レベルしかなかったり、チェックアウトの時間が迫っていたりでなんとなくソワソワしていたのだろう、妹が「なにかする?」と訊くので、電車の時間だかなんだかを調べてもらおうとしたのだが、いかんせん遅い。自分がやったほうが早いと判断して「もういいよ」と言ったのだが、それきり妹は押し黙ってしまった。これは怒らせたかな、と思ったので、調べ物がひと段落したあとで「怒ってる?」と聞いてみた。「怒ってない」と妹は言う。「拗ねてる?」と聞いてみた。「拗ねてない」と言う。

こういうやりとりをしているうちに妹はしばらくじっと黙って、それから泣き出した。そこでわたしはようやく、かなしかったのか、と気がついた。

妹は、分からなくて、何もできなくて申し訳なかった、頼りにされなくてかなしかった、と言った。

ばかだと思われるかもしれないが、じっさいのところ、ばかなのだ。こういう気持ちはばかにしか分からないのかもしれない。わたしにもこういう気持ちがよく分かる。分かるから、別にそれならそうと言えばいいのに、ばかだなあ、なんて思いながらも申し訳なくて、申し訳ないけどなんだかかわいくて、笑いながら謝った。謝ってから写真をぱしゃぱしゃ撮った。かわいかった。

しばらく泣くと妹はすっきりしたようで、静かに化粧を直して、「もう行ける」と言った。

 

新潟へは、宝塚を観に行った。どう考えたって京都から宝塚へのほうが近いのだが、なんやかんやあって、新潟まで赴くことになった。初めて見た宝塚歌劇団は一幕がミュージカルで二幕がショー。ショーがすばらしく、何日経っても歌が頭から離れない。ミュージカルのほうは鳳凰伝というおはなしだったのだが、主人公のトゥーランドット(と男)の自己チューさがアリエルにも勝るもので、わたしは頭を抱えてしまった。主人公というものはこうも自分勝手なものか。これが感動の物語として罷り通るものなのか。うんざりである。ホテルでは、ハーゲンダッツのソルトクッキー味みたいなアイスを食べた。ビジネスホテルでハーゲンダッツを食べることにすっかりはまってしまった。

翌日は新潟観光、のつもりだったのだが、この新潟、名古屋に輪をかけてみるところがない。いや、あるのだけれど、なんせ遠い。片道2時間半て。その日の夕方にバスを控えていたため遠くまでは行けず、せんべい王国というわたし激推しの謎空間へ行った。友人は最後まで「せんべいに興味ない」と言っていた。わたしとてそこまでせんべいに興味などないのだが、わたしがそう言ってしまってはせんべい王国に向かう意義があやふやになってしまう。なにかがいろいろと逆転している気がしたが、気にしたらおしまいだと思い深くは考えないようにした。

雨がひどく降っていた。だからか、せんべい王国はがらんとしていて、観光客のすがたもちらほらと見える程度だった。

せんべい焼き体験ができるというので、大きなおせんべいをひたすらひっくり返した。ひっくり返して焼き、しょうゆで絵付けし、もう一度焼く。それだけのことなのだが意外とこつが要るようで、わたしは一度せんべいを割ってしまった。温度差が大きく出るとせんべいに亀裂が入りやすくなるようで、できるだけゆっくり熱し、冷めないうちに絵を描き、すみやかに、しかしじわじわと熱を入れなおすことが重要だそうだ。

せんべいとわたしたちの面倒をみてくれていた従業員のおばちゃんは、わたしひとりだけ割れてしまったことをふびんに思ったのか、わたしが再度せんべいを焼いているあいだただ待つだけになる友人をふびんに思ったのか、なんとかひびだけで保っていた友人のせんべいを見「これ割っちゃう? も一回焼き直す?」と言った。友人はエッめんどい、みたいな顔をしていたが、おばちゃんは「割るね! これひみつね!」とかなんとか言って網にせんべいを叩きつけてハート型のせんべいをばりばりに割った。

かくしてわたしと友人は第二ラウンドに突入し、今度ばかりはと颯爽とせんべいを焼き、ぶじに大きなせんべいを完成させた。友人はまだ「これ絶対いらん」と言っていた。

その頃には客もずいぶんと増えていて、せんべい焼きスペースは中国人の団体であふれていた。

ひとり、若い男の子の店員さんがいて、せんべいを焼きながら話していると、18歳だと言っていた。人と関わる仕事がしたくてここで働いているそうだ。へえ。せんべい王国。雨の日のせんべい王国の思い出。

移動のバスに乗る前に食事をとることにしたのだが目ぼしい店が見つからず、しかたなしに駅の中の店で食べたいくら丼がおいしかった。雪の降りそな曇天のなか、ビールを飲みながらだらだらと食べ、すぐに誰とでも親しくなれてしまう友人は店員のおばちゃんにおすすめのお土産についてあれこれと訪ねていた。

夕方には高速バスに乗って石川まで向かった。道中わたしはずっと眠っていたのだが、友人が言うにはずいぶんとひどい雹が降っていたらしく「死を覚悟した」と言っていた。ガラスが割れる気がしたらしい。あんな轟音の中でよく寝てられたな、と言われた。

石川へ着くともう夜だった。さっき食べたばっかりだとは思ったが、駅のそばの居酒屋でかんたんに夕食をとり、その日はホテルに帰ってすぐに眠った。

翌日、学生時代の共通の友人と待ち合わせて、21世紀美術館へ向かった。企画展がとても好みで機嫌がよかった。箸に金箔を貼ったり海鮮丼を食べたりしているうちにあっという間に時間になり、私と友人はサンダーバードに乗って京都へ帰った。

京都駅に着くと、ああ帰って来た、という感じがする。子供のころ、同じようにサンダーバード(昔は「雷鳥」だったが)に乗って休みのたびに祖母の家に行っていた。その頃は、帰りたくなくて、帰りの電車の中で毎回泣いていたっけ。祖母の家に向かう道すがらでしか訪れなかった京都駅。いつの間にか、妹と買い物に来たり、友人と遠征のために待ち合わせたり、仕事の場になったりした。

高校生のころ、夜行バスに乗って東京までライブを見に行くとき、毎回二度と戻ってこられない気がして心臓が痛んだ。遠征帰りの気怠い感じ、明け方の凍える空気、帰ってきた、帰ってきてしまった。ライブが終わって日常へ帰る。それを何度も繰り返す。

もういやというほど見たはずの京都タワーだって、何度も写真に撮ってしまう。毎度、こんな色だったっけ、と思う。

自分の働いていた場所を見ると、同期はどのくらい残っているだろうか、今どうしているだろうかと気になる。そういう余裕が出てきた。でもきっと、もう二度と会うことはないんだろうな。

あっという間に、あたりまえに、2017年は終わる。

 

 

 

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