おやすみなさい

報告は以上です

からだについて雑考

 

身体について考えなきゃいけないのだけれど先生方身体すきすぎ、学部生のころも何度か身体についてのレポートを書いたけれど院生になってからももう三度目です。

これまでカントールの死の教室やダムタイプのS/Nはかなり乱用してきたしゾンビについても言及しまくったししかし言葉については修論にまとめたいということでお茶を濁す程度の新ネタをさがしている。

 

身体と物語についてと言われてまず思い浮かぶのは「アイドル」、アイドルは身体と物語 の物語。アイドルはまず物語が売り物だ、次に身体が売り物。そしてその売り物の物語がアイドルという物語。

そこから連想して次に「整形」。アイドルは整形するし無論整形には物語が付き物だよね。理由がなきゃ整形なんぞしないもの。整形。「変身欲求」。変身欲求からは身体改造とかも思い浮かぶけれど一番はサイコ、サイコ的殺人者の共通点は変身欲求にある。他者になりたいという想いを強く持つことの孕んだ自己否定による不安とそれによるアイデンティティのゆらぎ、他者になるということは狂気の沙汰。

 

アイドルと変身欲求から、「きゃりーぱみゅぱみゅ」。イマっぽい、の権化みたいなきゃりーきゃりーはいわゆるアイドルじゃないね、アイドルの物語は背負っていない。でも極めて偶像的。アイドル性を否定する(衣装も態度も。堂々と交際宣言してみたり)ことでイマっぽさ全開、原宿のアイドル(のように鎮座している。真実は不明)。注目したいのは身体の誇張モチーフ、例えば紅白の衣装、上半身に睫毛バシバシの巨大な目、鼻、口がついている。もしもし原宿のジャケットは口が誇張され裂けている。

身体をあちこちに伸ばし、散らし、きゃりーはどこにでもいるけれどきゃりーは何者でもない。見られるきゃりーは見るあなたを既に見ている。連想するのは「身体拡張」。マクルーハン。しかし思えば身体はあまりに融通のきかないメディア。ではiPhoneはこれからのわたしたちの身体たり得ますか?

 

岡崎京子まんがにおける身体、が考えやすいのかもしれない、となれば当然「ヘルタースケルター」は外せない。アイドル、整形、変身欲求、目白押し。都市。あとリバーズ・エッジにおける死体、Pinkにおけるユミちゃんの身体あたり。ユミちゃんなら「売春」。ヘルタースケルターにも売春的枕シーンあるけれどユミちゃんの売春とりりこの売春はずいぶん違く見える。岡崎京子まんが、消費する身体と消費されてゆく身体。

 

身体とはいったいなんなのか、ものとしての身体、イメージとしての身体。先天的に与えられた身体と後天的に自己決定される身体。シュルレアリスムの夢を見る。

 

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