おやすみなさい

旧nikki desu

2019年の夏の終わり

しばらく風の涼しい日が続いたが、その日はどうにも暑くてがまんならなかった。快適なねむりのためにもクーラーをつけよう、そう決めてクーラーをつけた。
わたしの部屋はいちおう間取り上は1LDKになるみたいなのだが、きもち的には2DKみたいなかんじで、リビングのほうと寝るほう、という具合でだいたい分けている。クーラーの位置は引き戸を挟んですぐ隣り合わせなので、片方をつけるともう片方も反応してしまって……みたいなジレンマがものすごいあるのだがこれは今どうでもよくて、とにかく眠るときはリビングのほうをつけて眠るようにしていた。これは、日中そちらで過ごす(ことが多いわけではないのだがそちらで過ごしたいという気持ちがある。なんせベッドのちかくにいるとすぐにゆだんしてねむってしまう)ので、そのまま付けっ放しで日中過ごせるというのと(こまめに電源オンオフしないほうが電気代が節約できるというのをしんじている)、寝る部屋のクーラーは、ベッドに寝転んだときにちょうど足元に風があたるので、なんか体にわるそう、頭痛くなりそう、というイメージで、直接体に風があたらないように、という理由からなのだが、そのときはもう、今暑い! けどたぶん明日はそんなに暑くない! という具合で、とにかく即効性を求めていたため寝る部屋のクーラーをつけてしまった。わりとすぐに涼しくなり、わたしは悪くない気分でねむることができた。
朝起きてみると、とうぜんのように頭が痛かった。頭痛くなるかも、なんて思っていたからかもしれないし、もしかしたらそう思い込んでいるだけで実は頭は痛くない……? とも思ってみたのだが、やはり頭は痛かったし両方の部屋のクーラーが起動していた。南無三! 起きてすぐ二台のクーラーを消した。

夕方になっても鈍い頭痛は続いていた。夜に出かける予定がある。シャワーを浴びて、髪を乾かす。暑い。汗がにじむ。化粧をする。服が決まらない。なぜか心がざわついていた。頭が痛かったからか、天気が悪かったからか、暑かったからか、支度が間に合いそうになかったからか。そうしているうちに出発の予定時間を過ぎた。妹から「買ったはいいものの派手すぎて着れない」と貰ったどピンクのワンピース(12000円だから! と何度も言われた)と、秋色のパープルブラウンのワンピース、そのどちらを着るか迷い、夏の間しか着れないからという理由でピンクのほうを着た。新しいサンダルをおろして、予定より一本遅い電車に乗って河原町に向かった。

河原町でバスに乗り換える。ところが河原町からのバスが分かりにくすぎる。バス停があっちこっちに散らばっているし、あっち周りとこっち周り、それもわたしには分からない。グーグルマップもよく分かっていない。毎日説明してるであろう駅員さんも、バス停の説明をするときにはバス停の位置の書いてあるラミネート加工された資料を見ている。これ誰が分かるの? 観光で来たひととかマジで一生迷いませんか。タクシー乗ったほうがいいよもう。毎回おこってるわたしは。
わたしは迷うことが分かっているので毎回駅から出る前に駅員さんにバス停の場所を相談する。「どの出口から出ればいいと思いますか?」 親切なひとは、そのままバス停までの道筋を教えてくれる。駅員さんは、資料を指差しながら「◯番出口から出たらすぐのところにあります」と言った。お礼をしてその出口から地上に出る。バス停を見つける。目的の場所までの道を示したグーグルマップとバス停の表示を見比べながら、あれ、なんかちがうけどここでいいの? とあたふたしていると、バスの案内のおっちゃんが「お伺いしましょうか?」と聞いてくれる。「17番のバスに乗りたいんですけど」「それここちゃうで」。え?
乗る予定のバスがバス停を通り過ぎる。「あれですね……」「停まるのは、スギ薬局の前のところ」「あ、そっちなんですね……ありがとうございます……」
スギ薬局の前のバス停まで移動し(これがまた遠い)時刻表を確認すると、次のバスまで10分以上あった。たしかルートは3つほどあった。10分待つなら他のバスに乗ったほうが早い。でもそのバスに乗るためのバス停がまた遠い。
ここでまた問題があって、手元の資料の17番と、このバス停に示してる17番、微妙に行き先が違う。調べてみると、どうやら私が乗るべきなのは「京都バス」で、ここは「京都市バス」のバス停。えっ京都バスっていうのがあるんですか。市バスとは別に? いや京阪バスがあるのは分かってたけど京都バス……あそうなの知らなかった……30年弱京都に住んでるけど知らなかったわ……
目の前を京都バスの17番が通り過ぎた。あ、あれですね。たしかに市バスと違うわ。見たことない電光掲示板ですね。
結局、市バスの17番に乗り、出町柳で降りてそこからタクシーを拾った。

雨が降っていた。出町柳のこのバス停、学生時代にはよく使ったなと思い出す。濡れた道路、それに映る車のヘッドライトが懐かしい。そうか、雨の日によくこのバス停を使ってたんだな。
そのときちょうど、母校が学校名を変更するとかなんとかでSNSがざわついていた。わたしの周りでは声高に反対している人が多かった。今校名を変更する理由とかその狙いを考えてみるとダサいなと思ったけれど、どうでもよかった。好きにすればいいと思った。
とりたてて言うことはなかったが、京造、キョウゾウという略し方はめっちゃダサいなと思っていたので、瓜芸、瓜生山芸術大学でもういいやんと思った。

目的のジャズ喫茶には、アロワナが二匹いた。大きくて赤いアロワナだった。
ハイボールハートランドを飲み、水餃子とハンバーグを食べた。肉がむちむちしていて昔母が作っていたハンバーグを思い出した。(母の作るハンバーグは次第に肉汁じゅわわやわらか系に進化していった)
入ったときには、めっちゃ身内ノリが強く、ウワッ苦手な場所だ! と思ったのだが、ライブがよくて、来てよかったなと心底思った。心なしか頭痛もましになった。
マスターがとちゅうからなぜかアロハに着替えていたのとライブ中にポップコーンのぽんぽん弾ける音が響いていたのがおもしろかった。
演奏中、何度か父のことを思い出した。父が、ダイニングテーブルに座って、階段で、和室で、廊下で、いろいろな場所でギターを弾いているすがたを今でもよく思い出す。うちにはクラシックギターマンドリンウクレレがあったのだが、今あれらはどうしているのだろう。
私が高校生になって軽音楽部に入ったとき、父はなんだかうれしそうにしていたな。父と一緒に選んだ、私が使っていたエレキギターは、高校を卒業してからは一度も触れることなく今も実家の和室にケースに入ったまま立てかけてある。

家に帰って、オロナミンCを二本とサプリを飲んで、化粧を落として眠った。翌日起きてシャワーを浴びると、靴擦れの箇所がじんじん痛んだ。今夏しょっちゅう履いていたサンダルがもうダメそうで、楽そうだし安いし繋ぎでいいやとてきとうに試着して買ってしまったものだったのだが、一歩めからもう、やばいなこれという気がしていた。駅まで徒歩10分、駅につくころにはすでにかかとがずるむけになっていたので電車を待つ間に絆創膏を貼った。家に帰るとかかとだけでなく小指と薬指もずるむけになっていた。直感だけど、たぶんあのサンダルはもう履かない。ぼろぼろになったものと同じモデル、同じ色のものを楽天で注文した。夏が終わる。