2019年の夏の終わり

しばらく風の涼しい日が続いたが、その日はどうにも暑くてがまんならなかった。快適なねむりのためにもクーラーをつけよう、そう決めてクーラーをつけた。
わたしの部屋はいちおう間取り上は1LDKになるみたいなのだが、きもち的には2DKみたいなかんじで、リビングのほうと寝るほう、という具合でだいたい分けている。クーラーの位置は引き戸を挟んですぐ隣り合わせなので、片方をつけるともう片方も反応してしまって……みたいなジレンマがものすごいあるのだがこれは今どうでもよくて、とにかく眠るときはリビングのほうをつけて眠るようにしていた。これは、日中そちらで過ごす(ことが多いわけではないのだがそちらで過ごしたいという気持ちがある。なんせベッドのちかくにいるとすぐにゆだんしてねむってしまう)ので、そのまま付けっ放しで日中過ごせるというのと(こまめに電源オンオフしないほうが電気代が節約できるというのをしんじている)、寝る部屋のクーラーは、ベッドに寝転んだときにちょうど足元に風があたるので、なんか体にわるそう、頭痛くなりそう、というイメージで、直接体に風があたらないように、という理由からなのだが、そのときはもう、今暑い! けどたぶん明日はそんなに暑くない! という具合で、とにかく即効性を求めていたため寝る部屋のクーラーをつけてしまった。わりとすぐに涼しくなり、わたしは悪くない気分でねむることができた。
朝起きてみると、とうぜんのように頭が痛かった。頭痛くなるかも、なんて思っていたからかもしれないし、もしかしたらそう思い込んでいるだけで実は頭は痛くない……? とも思ってみたのだが、やはり頭は痛かったし両方の部屋のクーラーが起動していた。南無三! 起きてすぐ二台のクーラーを消した。

夕方になっても鈍い頭痛は続いていた。夜に出かける予定がある。シャワーを浴びて、髪を乾かす。暑い。汗がにじむ。化粧をする。服が決まらない。なぜか心がざわついていた。頭が痛かったからか、天気が悪かったからか、暑かったからか、支度が間に合いそうになかったからか。そうしているうちに出発の予定時間を過ぎた。妹から「買ったはいいものの派手すぎて着れない」と貰ったどピンクのワンピース(12000円だから! と何度も言われた)と、秋色のパープルブラウンのワンピース、そのどちらを着るか迷い、夏の間しか着れないからという理由でピンクのほうを着た。新しいサンダルをおろして、予定より一本遅い電車に乗って河原町に向かった。

河原町でバスに乗り換える。ところが河原町からのバスが分かりにくすぎる。バス停があっちこっちに散らばっているし、あっち周りとこっち周り、それもわたしには分からない。グーグルマップもよく分かっていない。毎日説明してるであろう駅員さんも、バス停の説明をするときにはバス停の位置の書いてあるラミネート加工された資料を見ている。これ誰が分かるの? 観光で来たひととかマジで一生迷いませんか。タクシー乗ったほうがいいよもう。毎回おこってるわたしは。
わたしは迷うことが分かっているので毎回駅から出る前に駅員さんにバス停の場所を相談する。「どの出口から出ればいいと思いますか?」 親切なひとは、そのままバス停までの道筋を教えてくれる。駅員さんは、資料を指差しながら「◯番出口から出たらすぐのところにあります」と言った。お礼をしてその出口から地上に出る。バス停を見つける。目的の場所までの道を示したグーグルマップとバス停の表示を見比べながら、あれ、なんかちがうけどここでいいの? とあたふたしていると、バスの案内のおっちゃんが「お伺いしましょうか?」と聞いてくれる。「17番のバスに乗りたいんですけど」「それここちゃうで」。え?
乗る予定のバスがバス停を通り過ぎる。「あれですね……」「停まるのは、スギ薬局の前のところ」「あ、そっちなんですね……ありがとうございます……」
スギ薬局の前のバス停まで移動し(これがまた遠い)時刻表を確認すると、次のバスまで10分以上あった。たしかルートは3つほどあった。10分待つなら他のバスに乗ったほうが早い。でもそのバスに乗るためのバス停がまた遠い。
ここでまた問題があって、手元の資料の17番と、このバス停に示してる17番、微妙に行き先が違う。調べてみると、どうやら私が乗るべきなのは「京都バス」で、ここは「京都市バス」のバス停。えっ京都バスっていうのがあるんですか。市バスとは別に? いや京阪バスがあるのは分かってたけど京都バス……あそうなの知らなかった……30年弱京都に住んでるけど知らなかったわ……
目の前を京都バスの17番が通り過ぎた。あ、あれですね。たしかに市バスと違うわ。見たことない電光掲示板ですね。
結局、市バスの17番に乗り、出町柳で降りてそこからタクシーを拾った。

雨が降っていた。出町柳のこのバス停、学生時代にはよく使ったなと思い出す。濡れた道路、それに映る車のヘッドライトが懐かしい。そうか、雨の日によくこのバス停を使ってたんだな。
そのときちょうど、母校が学校名を変更するとかなんとかでSNSがざわついていた。わたしの周りでは声高に反対している人が多かった。今校名を変更する理由とかその狙いを考えてみるとダサいなと思ったけれど、どうでもよかった。好きにすればいいと思った。
とりたてて言うことはなかったが、京造、キョウゾウという略し方はめっちゃダサいなと思っていたので、瓜芸、瓜生山芸術大学でもういいやんと思った。

目的のジャズ喫茶には、アロワナが二匹いた。大きくて赤いアロワナだった。
ハイボールハートランドを飲み、水餃子とハンバーグを食べた。肉がむちむちしていて昔母が作っていたハンバーグを思い出した。(母の作るハンバーグは次第に肉汁じゅわわやわらか系に進化していった)
入ったときには、めっちゃ身内ノリが強く、ウワッ苦手な場所だ! と思ったのだが、ライブがよくて、来てよかったなと心底思った。心なしか頭痛もましになった。
マスターがとちゅうからなぜかアロハに着替えていたのとライブ中にポップコーンのぽんぽん弾ける音が響いていたのがおもしろかった。
演奏中、何度か父のことを思い出した。父が、ダイニングテーブルに座って、階段で、和室で、廊下で、いろいろな場所でギターを弾いているすがたを今でもよく思い出す。うちにはクラシックギターマンドリンウクレレがあったのだが、今あれらはどうしているのだろう。
私が高校生になって軽音楽部に入ったとき、父はなんだかうれしそうにしていたな。父と一緒に選んだ、私が使っていたエレキギターは、高校を卒業してからは一度も触れることなく今も実家の和室にケースに入ったまま立てかけてある。

家に帰って、オロナミンCを二本とサプリを飲んで、化粧を落として眠った。翌日起きてシャワーを浴びると、靴擦れの箇所がじんじん痛んだ。今夏しょっちゅう履いていたサンダルがもうダメそうで、楽そうだし安いし繋ぎでいいやとてきとうに試着して買ってしまったものだったのだが、一歩めからもう、やばいなこれという気がしていた。駅まで徒歩10分、駅につくころにはすでにかかとがずるむけになっていたので電車を待つ間に絆創膏を貼った。家に帰るとかかとだけでなく小指と薬指もずるむけになっていた。直感だけど、たぶんあのサンダルはもう履かない。ぼろぼろになったものと同じモデル、同じ色のものを楽天で注文した。夏が終わる。




わたしは液体

あたらしいハイヒールをおろした。まだかたい靴の形、寒さでよりかたくなった靴に足をねじ込む。

あたらしい靴を履くとき、いつも纏足を思い出す。ことハイヒールについてはそのイメージを持つ人も少なくはないだろうと思う。けれどこれはわたしが選んだ靴なのだから誰にも文句は言わせない。靴が合わなくてかかとから血を流すのもわたしの選択、そういうイメージのあるピンヒールを履くのもわたしの選択。

けれどそうして何度もかかとから血を流すうち、こんどはハイヒールのほうがやわらかくなり、わたしの足に馴染んでくる。そうしてようやくハイヒールを履きこなすことができる。けれどハイヒールというものは脆いもんで、そのころには底のゴムが擦り切れたり、ヒールに巻かれた素材がはげてきたりする。修理できることもあるし、どうしようもないこともある。そしてまた新しいハイヒールを馴染ませはじめる。

ギターを弾く人の指の皮が硬く厚いように、わたしのかかとの皮膚もまたかたくあつい。赤ん坊のようなやわさ、清さはないが、わたしはかかとから血を流しながらハイヒールを履く女性を魅力的だと思っている。

わたしの美意識が、わたしの意志が、他者の文脈に回収されることをわたしは断固として拒絶する。

 

言葉にすることは、言葉以外を諦めることでもある。それをも受け入れよう。そして選択する。

言葉は意志だ。選択だ。意味そのものだしイメージの権化でもある。形を決める。自分で決める。

言葉にすることは型に嵌めること。本来かたちのないものである感情や状態、関係性に名前をつけることの功罪。どちらにせよ名付けには力がある。名前によって感情や状態、関係性は変化するだろうか?

言葉はいれものではないか? いれものによって中身は変動する? するものとしないものがあるな。ではそれは何? 液体ならば、する。固体ならばしない。わたしは液体か? 液体かもしれない。わたしはわたし自身すらもいれものによって、名前によって変化すると思っている。そうしてそのいれものが、名前がすべてなのだと思っている気もする。

「どう見るか」「なにとして見るか」。それは芸術の出発地点でもなかったか。

自分が変わる必要があること、それを窮屈だと感じる人がいることも理解できる。そういう人は固体なんだな。

わたしは液体。

むしろわたしは、積極的に型にはまりたがっている、名前をつけてほしがっているのではないか。それは一時的な、仮のものに過ぎない。わたしはわたしの本質は変化しないと知っている。

どうだろう。

傷つき血を流したかかとが強くなり、ハイヒールもまた足になじんでくるように、言葉や名前もきっとそうなのではないか。

まだ名前のないもの、茫漠としたなにか、をそのまま放置しているというのはどういうことなのか? ぼんやりとあるイメージ、というのは、ない、のと何が違うのか? なんだか宇宙みたいだ。

あゆみよること。今既にある型に、あるいはみずから型を見出し、まずはそこに自分を沿わせてみること。なんにせよそこからはじまるのではないか。これをわたしの、世界との折り合いのつけ方とする。

 

 

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祭りのあと

外から運動会のアナウンスが聞こえてくる。

 

夜の街が好きだな。暗がりのなかで看板が光る。夜の街と、夜の街でしか生きられない人が好きなんだ。

遅くまで飲むと、翌日がつらい。そういう至極当然のことに気づいたのがほんとうに最近で、それまで気づいていなかったのか、体が歳をとってアルコールを分解しづらくなったのか、分からないけど、たぶんどちらもなんだな。

花を買ったり、ていねいに朝の時間を過ごしたり、そういう生活に対しての憧れはある。清潔な白いシャツとか、窓をあけて掃除機をかけることとか。運動会のアナウンスなんかは無論こちら側。

けれどわたしはずぼらで、水を変えるのもめんどうだし、花の存在だってすぐに忘れるだろう。朝は寝ていたいし、アイロンも持っていないし、白シャツも似合わない。掃除機はかけるけれどしまうのはめんどうだし、それどころか窓の開け閉めすらめんどうなんだ。公園が近所にあるということは知っていてもわざわざ出向くことはないし、無論運動会に赴く理由なんてひとつもない。ペットボトルは口をつけて直接飲むし、洗い物も洗濯物も溜められるだけ溜める。窓を開けるのすらめんどうなので、洗濯物をとりこむことだってとうぜんめんどうで、夜じゅう外に出しっ放しのこともめずらしくはないし、へやに入れたところでたたむのは数日後。

 

 

先日、半年くらい頭を悩まされていたイベントが終わって、ほんとうならようやく一息、というところなのだろうけど、わたしにはなぜか想像していたほどの爽快感はなく、なんだかもやもやと日々が過ぎてゆく。生活ってこういうことなのかな。それにしても実がないよな。

始めに手帳に日程を書き入れたときはずいぶんと先のことに思えて、遠い未来、というかんじだったのに、ここ1ヶ月はほんとうに早かった。

3日間のイベントだったんだけれども、今思い返すと、よくもまあいきなりこんなにいろいろな「やりたいこと」を詰め込んだなとおもう。

 

わたしは終始カメラを持ってあちこち走り回っていたのだけど、偶然その場に居合わせてしまった、興味なさげに聴いていたおじさんたちの手足が徐々に動き出して、最終的に三人横並びで脚でリズムを取っているのを見てしまった瞬間とか、おっちゃんが「これ、気持ちや」とミュージシャンに1000円札を握らせて「兄ちゃんええな! 才能あると思うわ」と言いながらエレベーターに乗って去っていった瞬間とか、親が先に行きたがっているのに子供が立ち止まってじーっと演奏を聴いている瞬間とか、もともと音楽が好きだった自分が「えっこの音楽好き!」と思える音楽に新しく出会ってしまった瞬間とか。思わずぐっときてしまう瞬間がたくさんあった。

一番じーんときて涙ぐんでしまったのが、ドロップバルーンがばらばらと落ちて、子供達がワーッと風船にたかった瞬間に歌われた「アンパンマンのマーチ」のカバー。聴いてるのか聴いてないのか分からないけど、子供たちは楽しそうだし、風船はカラフルだし、音楽もあるし。もともとわたしはこの歌に弱いのでまじめに聞くと泣いてしまうんだけれど、環境とか、声とか、そういうのがすごく「強」くて、これはなんてことだ、とそのときおもった。おもったけど、この後化粧を直しているひまなどない、とおもってしっかりと堪えた。くだらないな。

正直、これは、このイベントってなんなのか、本当に意味があるのか、頭で理屈は分かっていても、実感的にすとんと体におちてくるような、「わかる」瞬間が、あまりなかった。でもこのとき分かったきがした。こういうことなのかも。

 

体ががたがたで脚も思うように動かず、ほんとうに必死で目をひんむきながらバスに乗って家に帰った。ここで座ったら全てが終わると思いそのままシャワーを浴びる。一人暮らしを始めてはじめてこのかた、あんなにも「湯船に浸かりたい」と思ったことはないな。どうでもいいことなんだけど、わたしは古い賃貸の湯船というものを信用していないのでじぶんの家の湯を張れないのだ。このときの疲労度、3日間の屋外フェスにスタッフとして参加して124時間を屋外で過ごし、中2日間をテント泊、風呂は徒歩20分の銭湯、ただしフェス参加者で大行列になるので朝5時半に入浴、もちろん並んでいるので時間制、というときくらいのものだった。なぜこんなにも疲れていたのか心底謎なんだけど。このイベントが終わったら、スーパー銭湯に行こう、とおもった。

全身に湿布をはって、湿布がとれないようにラップをぐるぐる巻きにして、ミイラみたいなかんじで眠った。朝起きたらじっとりと汗をかいていた。



それから今日でまる一週間、やはりというかなんというか、銭湯にも行っていないし、前述のとおり、すっかりぼんやりと時間を過ごしている。たまに朝まで酒を飲んで、後悔したりしなかったり。

ただ、いま、人と会いたい、とおもう。

飲みに行きたい、とおもって飲むことは久しくなかったのだが、いま、とても飲みに行きたい。これは、誰かに会いたいのだとおもう。

 

私たちがやったイベントは、たぶん運動会みたいなものだったんだな。ちがうかな。人にとってはちがうかもしれないけど、わたしにとってはたぶんそうだったな。

今、朝と夜のあいだでぐらぐらと揺れているじぶんをかんじる。欲求はあれど、「ちゃんとする」意味がない。その意味をずっとさがしているようにおもう。

 

 

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たのしい連休

妹が予定がないと言うので、先の連休は妹と過ごした。

土曜は夜まで外出していて、妹は夕方まで買い物をして先に来るというので合鍵で家に入っていてもらった。自分がいない部屋に人を入れるのは初めてだった。

その日は慣れないことをして非常につかれていたのだけど、帰って妹がいると思うと自然と足が軽くなる。コンビニで夜ご飯を買って帰った。のだけど、ここでわたしがすなおに鍵でオートロックを解除して入ればよかったのだ。

なぜだかわたしは、外からやってきた人間のようにマンション入り口のインターホンから部屋番号を呼び出して「あけて」と言った。もちろんちくいち連絡しているので、妹もこれがわたしだということ、わたしがもうすぐ帰って来るということはわかっている。

「どのボタン?」妹が言う。たしかにこのマンションのロック解除ボタン、ちょっとわかりにくかったなあ、と思い出した。同じボタンがふたつ並んでいて、それでいて「ロック解除」みたいなわかりやすい表記ではないので、はじめのころ、これ、ほんとにこれなの? とわたしも何度も逡巡した。それを思い出し、わたしは親切心で、「上のボタン」と言った。

妹は「一番上のボタン?」と言った。「2個しかないんだけど一番上って表現おかしいな、まあ上ではあるな」と思い、わたしは「たぶん」と答えた。
「非常に強く押す?」そう、たしかにこのボタン、なぜだかめっちゃ硬くて、ぐいっと押し込まなければいけないんだった。

「そう」

そう答えた瞬間、びー、びー、と大きな音が鳴り響いた。瞬間的にわたしは「アッこいつこれちがうボタン押したな」と察した。そういえばなんか一番上に非常ボタンあったかも。いやでもふつう非常ボタン押すか? ふつうに。

わたしもさすがにテンパる。夜12時前だし。もちろん止まる気配ないし。妹の携帯に電話して、自分の鍵でロックを解除してエレベーターを上がり、自分の階に辿り着くと、さらにけたたましい音が鳴り響いていた。急いで部屋の鍵を開け入る。妹がテンパっている。いや、わかるけどな。わかるけどや。

取り急ぎ妹を宥め、部屋の外、ドアの前に立ち音を発している部分をハンカチで押さえながら管理会社に電話して助けを求めた。電話取ってくれてほんとによかった、取ってくれなかったらこれどうなってたの、一晩中この音止まらなかったの? 無理でしょ、ほんと感謝しかない。

こんな時間にこんな音鳴らしてるんだから、人が飛び出してきてもおかしくない、そのときはわたしがきちんと説明して謝らなければ、と覚悟を決めて管理会社の人を待った。

幸い15分後くらいに管理会社の方が来てくれ、その間住人は誰も表に出てこなかった。えっ逆にほんとに非常の場合どうすればいいんですかね。

警告音は、ボタンをがっとひき戻したらすぐに収まった。取り急ぎ、とりあえず電話で一言言ってほしかったな。はやく来てくれてめっちゃありがたかったけど。

そういえばさっきから妹の姿が見えないので、寝室の戸をひいてみると、真っ暗な部屋の中で妹が泣いていた。こわ、え、ホラーでは……。

とんでもないことをしてしまったとビビったらしい。わたしは、もう怒る気力もないし、怒ってもどうにもならないし、ていうかふつう非常ボタン押すか? と思って笑ってしまった。そのボタン、「非常に強く押すボタン」じゃなくて「非常時に強く押すボタン」やからな。オレンジ色だしだいたい分からんかな。笑ってしまう。どんだけ強く押したの。

その上あれだけけたたましい音がなっていながら、わたしが直接電話するまでは「ロック解除するとこんな音鳴るんだ〜」と思っていたらしい。いや、のんきか。へいわだな。

ことの異変に気付いた瞬間「帰りたい」と思ったらしいが、わたしは「わたしだって帰りたいがわたしの帰る場所はここなんじゃ」という気合いで乗り切った。すべて終わって疲労困憊だったが、半目になりながら妹がおみやげに買ってきてくれた「たのしいおまつりやさん」を作って、まずいまずいと言いながら食べ、さいきん買ったiPad proとApple Pencilでへたくそならくがきをし、シャワーを浴びて3時ごろ寝た。一応言っとくけど妹はもちろん5歳とかじゃなくて25歳です。へいわだ。

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もうどこにも行きたいところがない


学生時代はずっと女の子の話を書いていたようにおもう。それだけでなくて、私はずっと女の子たちが好きだった。必死でみじめでかわいそうな女の子たちが大好きだった。そういう女の子たちをずっと見ていたし、そういう女の子たちが一番魅力的だとおもっていたし、たぶん自分もどこかでそうだとおもっていたんだ。

 

でも今はふしぎとそういう気分にならない。いわゆる女の子の話? 書かないな。なんか書きたいなともあんまり思わないかも。もっと疲れた顔が見たい。

 

いつからか、自分はもう女の子じゃないんだなって思ってる。

単純に年齢とかそういうんじゃないよ、バンギャが自分をオバンギャと呼び始める瞬間とか、オタクが現場で自重しはじめる瞬間とか、そういう遊びとしての自虐というか自虐としての遊びでなくて、ただわたしが、もうわたしが女の子じゃないんだなって。事実として。

そもそもそういう女の子の話を好き好んで書いていた時期だって、わたしはもう23とかそんな歳で、大学生になったらもうオバンギャだし二十歳超えたらリボン編み込みのヘアメなんかしないし、それでも気持ちはずっと女の子だった。そういう世界観で、悲観的な意味合いでなく、実感として、すとんと落ちる現実として、ただ「わたしはもう女の子ではない」。

 

世界と馴染んできたというと耳障りはよいけど、たぶんそれはもうどこにも行きたい場所がないってこととも似ている。

 

 

 

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コミュニケーション

バスがおおきく曲がり、沓掛口に差し掛かった瞬間景色が変わる。目に緑が飛び込んでくる。洛西ニュータウンに近づいている、いや、このあたりからもうそうなのだろうか。
私たちは、妙に木が多いことに気がつく。バスが道を進むにつれ、ますます確信する。木が多い。計画的に、均等に植樹された木がうつくしく列を成している。電柱が地下に埋められていて、視界をじゃまするものがないからかもしれない。
空が広い。広い空のしたに規則正しく団地が群をなしていて、広い道路の脇にはこれまた規則正しく木が並んでいる。
風に揺れる濃い緑。

ラクセーヌに足を踏み入れて最初に気づくのは、異様と言って差し支えない老人率だ。
入り口入ってすぐのフードコートのほとんどは老人に占拠されている。
やたらと元気な老人たち。トランプを持ち寄り、何時間も七並べをしているおばあちゃんたち。缶ビールを持ち込んで昼間から酒盛りしているおじいちゃんたち。
館内では、杖とキャリーがセットの老夫婦もよく見かける。ベンチで眠っている老人も少なくない。
中年の被介助者と高齢の介助者(親?)の二人連れも目立つ。
電動車椅子で颯爽と移動する老人の姿は一時間いれば三人ほどは見かける。

夕方になると、急に子供の姿が増える。
その多くは小学校高学年から中学生くらいの年齢で、おそらく学校帰りなのだろう、5、6人の群れをなしている。
自撮りをする女子中学生たち、カードバトルをする男子中学生たち。
母親に買ってもらった、どこか似たテイストの服を着た男子小学生たち。
中には学校帰りの息子と待ち合わせをする親子の姿も見られた。

二階はいつも、がらんとしている。どうやら、おじいちゃんおばあちゃんの中でも二階に登る体力(あるいは気力)のない人も多いらしく、一気に人口密度が減る。少し安心するほど。
そう、不思議なことに、平日昼間のラクセーヌは別に閑散としているわけではない。むしろ賑わっている。主に高齢層で。

ダイソーは、20年前のダイソーの雰囲気がある。
おそらく建設当初から変わっていないセンス。建物全体がそんな感じなのだ。
精気を吸い取られる気がするな。
こんなときばかりは、幼い子供を見ると安心する。
洛西ニュータウン全体の随所から、こういう、若い親子を大切にしようとしている姿勢が伝わってくる。
センターコートの積み木広場。
「つみき広場は小学生以上の立ち入りを禁止致します。幼児のための遊び場です。保護者の方もつみき広場の外から見守ってください。」
黄色い背景に、様々なフォント、フォントサイズ、赤、紺、黒のカラーを使って書かれた凶悪な注意書き。その下には水色背景で黒文字の「ラクセーヌからのおねがい」。さらに下にはピンク背景の「ダイソー前にもつみき広場を常設いたしました。どうぞ2Fもご利用ください。」
統一感とは? 目がチカチカする。ここは地獄か。
牛のぬいぐるみを持ち上げる男の子に「ひとりじめしたらあかん」と注意するのはおそらく70代の男性。ラクセーヌの職員なのだろうか、胸元に名札を下げている。
CDショップの入り口に大きく掲げられているのは演歌歌手のポスターばかり。

おもちゃ屋だったそこ(今も一応おもちゃ屋なのだろうか)は、今はちょこちょことおもちゃが置いてある程度で、今はほとんどゲームコーナーになっている。ガチャガチャとUFOキャッチャー、プリクラ機がいくつかあるが、それよりも「つえ」「シルバーカー」の取り扱いが目立つ。いったいなんなんだここは。カオスが過ぎる。
ここが、ラクセーヌのありかたの権化に感じる。ちょっとしっかりして……いや、わたしが言うことでもないか、だってこんなにも賑わっているんだから。20年後はどうか分からないけど。

ラクセーヌを出ると、なぜかどっと疲れていた。
もう一度入り口の前に立って、夜になって光り始めたラクセーヌの写真を撮る。
来たときも思ったのだが、小畑川が近いからか、ここに立つとめちゃくちゃ蚊に刺される。かんべんしてくれと思いながら、半泣きでバスに乗って帰った。
夜のバスって好きだな。窓が大きいから外の暗闇がよく見えて、「降車」の赤いボタンが光るときれいで、外の車のライトもぴかぴか光っていて。びゅんびゅん流れていく車、BGMをつけたくなる。夜のバスはイヤフォンがよく似合う。誰とも喋る必要がなくて安心する。もっとも、あれだけ人がいてもラクセーヌにいる間もわたしは一言も言葉を発さなかった。夜のバスから見る景色ってなぜか冷たそうに見えて好き。偽物みたいにぜんぶつるつるしていて、触れられそうで触れられない。家に帰る。

 

 

 

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つよくなりたい

日曜日。天気がよいので洗濯をしようとしたら、漂白剤を切らしていた。
漂白剤を買うために服を着替え、からだじゅうに日焼け止めを塗って出かける。日差しがきつい。夏だな。
薬局はいつも涼しい。
薬局でいつもの漂白剤を買って外にでる。そういえばこのへんにユニクロがあるのだった。入ったことないなあと思い立ちなんとなく入ってみると、日曜日のユニクロは家族連れでいっぱいだった。
ひととおりぐるっと回って、欲しいものはなかったが、せっかく来たのだからとインナーを一枚手に取った。


27にもなって、いまだに生活というものがわからない。
いや、わかる、皆そんなに生活というものがなにかなんてわかっちゃいないということは。それでもなぜ、なぜわたしはこうも「生活がわからない」などと考えているのか。ほんとうにしょっちゅう、「わからない」と思う。生活がわからない。


800円のインナー一枚持って、レジに並ぶ。
あきらかにフランスっぽい印象の方のレジに案内され、会計をしてもらう。
日本語がすごく流暢で感心してしまう。そしてめちゃくちゃにていねい。
見た目はめちゃくちゃフランス人(印象)でもそりゃ生まれてこのかた日本語しか喋ったことない人もいるだろうし、見た目じゃわからないのは百も承知なのだけど、イントネーションの具合からどうもそういうわけでもなさそう、それにしてもずいぶんと長い時間を日本で過ごしているのだろうな、と思う話しぶりだった。
ふと名札を見ると日本人の名字が刻まれている。勝手に、日本人と結婚したのかな、と結論づける。
生活してんだな、とおもう。国道沿いのユニクロ、日曜まっ昼間のユニクロ、この空間にいるすべてのひとが生活を営んでいる。もちろんわたしも。
それなのになぜこんなにも「わからない」のか。わからないなどと考えるのか?
衣食住、そのすべてがしっくりとこない。何着てもコスプレだし、食事はエサだし、家は仮住まいに過ぎない。
すべて信用ならない。服は布を合わせたに過ぎないし食べ物はかつて生きていた他者だし家と外の境目はドア一枚しかない。
ひとがそれをどうしてそんなにも信頼できているのかが分からない。


つよくなりたいな、とちかごろ思う。
これはずっと思っていたことで、でもきちんと認識できていなかったように思う。
それは、心をつよく、という意味でなく、ましてやほんとうのつよさ、とかでもなく、単純に、物質として、刃物としてよく切れるもの、鈍器としてより重く、より痛く殺せるものでありたいと思う。
そうすればわたしはその本質をしっかりと隠して、いつでもお前を殺す、と思いながらニコニコ笑顔で本当の意味でひとにやさしく生活できる気がする。
強度がたりない。練度がたりない。もっとつよくなりたい。