おやすみなさい

日記以上の意味も価値もない

祭りのあと

外から運動会のアナウンスが聞こえてくる。

 

夜の街が好きだな。暗がりのなかで看板が光る。夜の街と、夜の街でしか生きられない人が好きなんだ。

遅くまで飲むと、翌日がつらい。そういう至極当然のことに気づいたのがほんとうに最近で、それまで気づいていなかったのか、体が歳をとってアルコールを分解しづらくなったのか、分からないけど、たぶんどちらもなんだな。

花を買ったり、ていねいに朝の時間を過ごしたり、そういう生活に対しての憧れはある。清潔な白いシャツとか、窓をあけて掃除機をかけることとか。運動会のアナウンスなんかは無論こちら側。

けれどわたしはずぼらで、水を変えるのもめんどうだし、花の存在だってすぐに忘れるだろう。朝は寝ていたいし、アイロンも持っていないし、白シャツも似合わない。掃除機はかけるけれどしまうのはめんどうだし、それどころか窓の開け閉めすらめんどうなんだ。公園が近所にあるということは知っていてもわざわざ出向くことはないし、無論運動会に赴く理由なんてひとつもない。ペットボトルは口をつけて直接飲むし、洗い物も洗濯物も溜められるだけ溜める。窓を開けるのすらめんどうなので、洗濯物をとりこむことだってとうぜんめんどうで、夜じゅう外に出しっ放しのこともめずらしくはないし、へやに入れたところでたたむのは数日後。

 

 

先日、半年くらい頭を悩まされていたイベントが終わって、ほんとうならようやく一息、というところなのだろうけど、わたしにはなぜか想像していたほどの爽快感はなく、なんだかもやもやと日々が過ぎてゆく。生活ってこういうことなのかな。それにしても実がないよな。

始めに手帳に日程を書き入れたときはずいぶんと先のことに思えて、遠い未来、というかんじだったのに、ここ1ヶ月はほんとうに早かった。

3日間のイベントだったんだけれども、今思い返すと、よくもまあいきなりこんなにいろいろな「やりたいこと」を詰め込んだなとおもう。

 

わたしは終始カメラを持ってあちこち走り回っていたのだけど、偶然その場に居合わせてしまった、興味なさげに聴いていたおじさんたちの手足が徐々に動き出して、最終的に三人横並びで脚でリズムを取っているのを見てしまった瞬間とか、おっちゃんが「これ、気持ちや」とミュージシャンに1000円札を握らせて「兄ちゃんええな! 才能あると思うわ」と言いながらエレベーターに乗って去っていった瞬間とか、親が先に行きたがっているのに子供が立ち止まってじーっと演奏を聴いている瞬間とか、もともと音楽が好きだった自分が「えっこの音楽好き!」と思える音楽に新しく出会ってしまった瞬間とか。思わずぐっときてしまう瞬間がたくさんあった。

一番じーんときて涙ぐんでしまったのが、ドロップバルーンがばらばらと落ちて、子供達がワーッと風船にたかった瞬間に歌われた「アンパンマンのマーチ」のカバー。聴いてるのか聴いてないのか分からないけど、子供たちは楽しそうだし、風船はカラフルだし、音楽もあるし。もともとわたしはこの歌に弱いのでまじめに聞くと泣いてしまうんだけれど、環境とか、声とか、そういうのがすごく「強」くて、これはなんてことだ、とそのときおもった。おもったけど、この後化粧を直しているひまなどない、とおもってしっかりと堪えた。くだらないな。

正直、これは、このイベントってなんなのか、本当に意味があるのか、頭で理屈は分かっていても、実感的にすとんと体におちてくるような、「わかる」瞬間が、あまりなかった。でもこのとき分かったきがした。こういうことなのかも。

 

体ががたがたで脚も思うように動かず、ほんとうに必死で目をひんむきながらバスに乗って家に帰った。ここで座ったら全てが終わると思いそのままシャワーを浴びる。一人暮らしを始めてはじめてこのかた、あんなにも「湯船に浸かりたい」と思ったことはないな。どうでもいいことなんだけど、わたしは古い賃貸の湯船というものを信用していないのでじぶんの家の湯を張れないのだ。このときの疲労度、3日間の屋外フェスにスタッフとして参加して124時間を屋外で過ごし、中2日間をテント泊、風呂は徒歩20分の銭湯、ただしフェス参加者で大行列になるので朝5時半に入浴、もちろん並んでいるので時間制、というときくらいのものだった。なぜこんなにも疲れていたのか心底謎なんだけど。このイベントが終わったら、スーパー銭湯に行こう、とおもった。

全身に湿布をはって、湿布がとれないようにラップをぐるぐる巻きにして、ミイラみたいなかんじで眠った。朝起きたらじっとりと汗をかいていた。



それから今日でまる一週間、やはりというかなんというか、銭湯にも行っていないし、前述のとおり、すっかりぼんやりと時間を過ごしている。たまに朝まで酒を飲んで、後悔したりしなかったり。

ただ、いま、人と会いたい、とおもう。

飲みに行きたい、とおもって飲むことは久しくなかったのだが、いま、とても飲みに行きたい。これは、誰かに会いたいのだとおもう。

 

私たちがやったイベントは、たぶん運動会みたいなものだったんだな。ちがうかな。人にとってはちがうかもしれないけど、わたしにとってはたぶんそうだったな。

今、朝と夜のあいだでぐらぐらと揺れているじぶんをかんじる。欲求はあれど、「ちゃんとする」意味がない。その意味をずっとさがしているようにおもう。

 

 

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たのしい連休

妹が予定がないと言うので、先の連休は妹と過ごした。

土曜は夜まで外出していて、妹は夕方まで買い物をして先に来るというので合鍵で家に入っていてもらった。自分がいない部屋に人を入れるのは初めてだった。

その日は慣れないことをして非常につかれていたのだけど、帰って妹がいると思うと自然と足が軽くなる。コンビニで夜ご飯を買って帰った。のだけど、ここでわたしがすなおに鍵でオートロックを解除して入ればよかったのだ。

なぜだかわたしは、外からやってきた人間のようにマンション入り口のインターホンから部屋番号を呼び出して「あけて」と言った。もちろんちくいち連絡しているので、妹もこれがわたしだということ、わたしがもうすぐ帰って来るということはわかっている。

「どのボタン?」妹が言う。たしかにこのマンションのロック解除ボタン、ちょっとわかりにくかったなあ、と思い出した。同じボタンがふたつ並んでいて、それでいて「ロック解除」みたいなわかりやすい表記ではないので、はじめのころ、これ、ほんとにこれなの? とわたしも何度も逡巡した。それを思い出し、わたしは親切心で、「上のボタン」と言った。

妹は「一番上のボタン?」と言った。「2個しかないんだけど一番上って表現おかしいな、まあ上ではあるな」と思い、わたしは「たぶん」と答えた。
「非常に強く押す?」そう、たしかにこのボタン、なぜだかめっちゃ硬くて、ぐいっと押し込まなければいけないんだった。

「そう」

そう答えた瞬間、びー、びー、と大きな音が鳴り響いた。瞬間的にわたしは「アッこいつこれちがうボタン押したな」と察した。そういえばなんか一番上に非常ボタンあったかも。いやでもふつう非常ボタン押すか? ふつうに。

わたしもさすがにテンパる。夜12時前だし。もちろん止まる気配ないし。妹の携帯に電話して、自分の鍵でロックを解除してエレベーターを上がり、自分の階に辿り着くと、さらにけたたましい音が鳴り響いていた。急いで部屋の鍵を開け入る。妹がテンパっている。いや、わかるけどな。わかるけどや。

取り急ぎ妹を宥め、部屋の外、ドアの前に立ち音を発している部分をハンカチで押さえながら管理会社に電話して助けを求めた。電話取ってくれてほんとによかった、取ってくれなかったらこれどうなってたの、一晩中この音止まらなかったの? 無理でしょ、ほんと感謝しかない。

こんな時間にこんな音鳴らしてるんだから、人が飛び出してきてもおかしくない、そのときはわたしがきちんと説明して謝らなければ、と覚悟を決めて管理会社の人を待った。

幸い15分後くらいに管理会社の方が来てくれ、その間住人は誰も表に出てこなかった。えっ逆にほんとに非常の場合どうすればいいんですかね。

警告音は、ボタンをがっとひき戻したらすぐに収まった。取り急ぎ、とりあえず電話で一言言ってほしかったな。はやく来てくれてめっちゃありがたかったけど。

そういえばさっきから妹の姿が見えないので、寝室の戸をひいてみると、真っ暗な部屋の中で妹が泣いていた。こわ、え、ホラーでは……。

とんでもないことをしてしまったとビビったらしい。わたしは、もう怒る気力もないし、怒ってもどうにもならないし、ていうかふつう非常ボタン押すか? と思って笑ってしまった。そのボタン、「非常に強く押すボタン」じゃなくて「非常時に強く押すボタン」やからな。オレンジ色だしだいたい分からんかな。笑ってしまう。どんだけ強く押したの。

その上あれだけけたたましい音がなっていながら、わたしが直接電話するまでは「ロック解除するとこんな音鳴るんだ〜」と思っていたらしい。いや、のんきか。へいわだな。

ことの異変に気付いた瞬間「帰りたい」と思ったらしいが、わたしは「わたしだって帰りたいがわたしの帰る場所はここなんじゃ」という気合いで乗り切った。すべて終わって疲労困憊だったが、半目になりながら妹がおみやげに買ってきてくれた「たのしいおまつりやさん」を作って、まずいまずいと言いながら食べ、さいきん買ったiPad proとApple Pencilでへたくそならくがきをし、シャワーを浴びて3時ごろ寝た。一応言っとくけど妹はもちろん5歳とかじゃなくて25歳です。へいわだ。

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もうどこにも行きたいところがない


学生時代はずっと女の子の話を書いていたようにおもう。それだけでなくて、私はずっと女の子たちが好きだった。必死でみじめでかわいそうな女の子たちが大好きだった。そういう女の子たちをずっと見ていたし、そういう女の子たちが一番魅力的だとおもっていたし、たぶん自分もどこかでそうだとおもっていたんだ。

 

でも今はふしぎとそういう気分にならない。いわゆる女の子の話? 書かないな。なんか書きたいなともあんまり思わないかも。もっと疲れた顔が見たい。

 

いつからか、自分はもう女の子じゃないんだなって思ってる。

単純に年齢とかそういうんじゃないよ、バンギャが自分をオバンギャと呼び始める瞬間とか、オタクが現場で自重しはじめる瞬間とか、そういう遊びとしての自虐というか自虐としての遊びでなくて、ただわたしが、もうわたしが女の子じゃないんだなって。事実として。

そもそもそういう女の子の話を好き好んで書いていた時期だって、わたしはもう23とかそんな歳で、大学生になったらもうオバンギャだし二十歳超えたらリボン編み込みのヘアメなんかしないし、それでも気持ちはずっと女の子だった。そういう世界観で、悲観的な意味合いでなく、実感として、すとんと落ちる現実として、ただ「わたしはもう女の子ではない」。

 

世界と馴染んできたというと耳障りはよいけど、たぶんそれはもうどこにも行きたい場所がないってこととも似ている。

 

 

 

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コミュニケーション

バスがおおきく曲がり、沓掛口に差し掛かった瞬間景色が変わる。目に緑が飛び込んでくる。洛西ニュータウンに近づいている、いや、このあたりからもうそうなのだろうか。
私たちは、妙に木が多いことに気がつく。バスが道を進むにつれ、ますます確信する。木が多い。計画的に、均等に植樹された木がうつくしく列を成している。電柱が地下に埋められていて、視界をじゃまするものがないからかもしれない。
空が広い。広い空のしたに規則正しく団地が群をなしていて、広い道路の脇にはこれまた規則正しく木が並んでいる。
風に揺れる濃い緑。

ラクセーヌに足を踏み入れて最初に気づくのは、異様と言って差し支えない老人率だ。
入り口入ってすぐのフードコートのほとんどは老人に占拠されている。
やたらと元気な老人たち。トランプを持ち寄り、何時間も七並べをしているおばあちゃんたち。缶ビールを持ち込んで昼間から酒盛りしているおじいちゃんたち。
館内では、杖とキャリーがセットの老夫婦もよく見かける。ベンチで眠っている老人も少なくない。
中年の被介助者と高齢の介助者(親?)の二人連れも目立つ。
電動車椅子で颯爽と移動する老人の姿は一時間いれば三人ほどは見かける。

夕方になると、急に子供の姿が増える。
その多くは小学校高学年から中学生くらいの年齢で、おそらく学校帰りなのだろう、5、6人の群れをなしている。
自撮りをする女子中学生たち、カードバトルをする男子中学生たち。
母親に買ってもらった、どこか似たテイストの服を着た男子小学生たち。
中には学校帰りの息子と待ち合わせをする親子の姿も見られた。

二階はいつも、がらんとしている。どうやら、おじいちゃんおばあちゃんの中でも二階に登る体力(あるいは気力)のない人も多いらしく、一気に人口密度が減る。少し安心するほど。
そう、不思議なことに、平日昼間のラクセーヌは別に閑散としているわけではない。むしろ賑わっている。主に高齢層で。

ダイソーは、20年前のダイソーの雰囲気がある。
おそらく建設当初から変わっていないセンス。建物全体がそんな感じなのだ。
精気を吸い取られる気がするな。
こんなときばかりは、幼い子供を見ると安心する。
洛西ニュータウン全体の随所から、こういう、若い親子を大切にしようとしている姿勢が伝わってくる。
センターコートの積み木広場。
「つみき広場は小学生以上の立ち入りを禁止致します。幼児のための遊び場です。保護者の方もつみき広場の外から見守ってください。」
黄色い背景に、様々なフォント、フォントサイズ、赤、紺、黒のカラーを使って書かれた凶悪な注意書き。その下には水色背景で黒文字の「ラクセーヌからのおねがい」。さらに下にはピンク背景の「ダイソー前にもつみき広場を常設いたしました。どうぞ2Fもご利用ください。」
統一感とは? 目がチカチカする。ここは地獄か。
牛のぬいぐるみを持ち上げる男の子に「ひとりじめしたらあかん」と注意するのはおそらく70代の男性。ラクセーヌの職員なのだろうか、胸元に名札を下げている。
CDショップの入り口に大きく掲げられているのは演歌歌手のポスターばかり。

おもちゃ屋だったそこ(今も一応おもちゃ屋なのだろうか)は、今はちょこちょことおもちゃが置いてある程度で、今はほとんどゲームコーナーになっている。ガチャガチャとUFOキャッチャー、プリクラ機がいくつかあるが、それよりも「つえ」「シルバーカー」の取り扱いが目立つ。いったいなんなんだここは。カオスが過ぎる。
ここが、ラクセーヌのありかたの権化に感じる。ちょっとしっかりして……いや、わたしが言うことでもないか、だってこんなにも賑わっているんだから。20年後はどうか分からないけど。

ラクセーヌを出ると、なぜかどっと疲れていた。
もう一度入り口の前に立って、夜になって光り始めたラクセーヌの写真を撮る。
来たときも思ったのだが、小畑川が近いからか、ここに立つとめちゃくちゃ蚊に刺される。かんべんしてくれと思いながら、半泣きでバスに乗って帰った。
夜のバスって好きだな。窓が大きいから外の暗闇がよく見えて、「降車」の赤いボタンが光るときれいで、外の車のライトもぴかぴか光っていて。びゅんびゅん流れていく車、BGMをつけたくなる。夜のバスはイヤフォンがよく似合う。誰とも喋る必要がなくて安心する。もっとも、あれだけ人がいてもラクセーヌにいる間もわたしは一言も言葉を発さなかった。夜のバスから見る景色ってなぜか冷たそうに見えて好き。偽物みたいにぜんぶつるつるしていて、触れられそうで触れられない。家に帰る。

 

 

 

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つよくなりたい

日曜日。天気がよいので洗濯をしようとしたら、漂白剤を切らしていた。
漂白剤を買うために服を着替え、からだじゅうに日焼け止めを塗って出かける。日差しがきつい。夏だな。
薬局はいつも涼しい。
薬局でいつもの漂白剤を買って外にでる。そういえばこのへんにユニクロがあるのだった。入ったことないなあと思い立ちなんとなく入ってみると、日曜日のユニクロは家族連れでいっぱいだった。
ひととおりぐるっと回って、欲しいものはなかったが、せっかく来たのだからとインナーを一枚手に取った。


27にもなって、いまだに生活というものがわからない。
いや、わかる、皆そんなに生活というものがなにかなんてわかっちゃいないということは。それでもなぜ、なぜわたしはこうも「生活がわからない」などと考えているのか。ほんとうにしょっちゅう、「わからない」と思う。生活がわからない。


800円のインナー一枚持って、レジに並ぶ。
あきらかにフランスっぽい印象の方のレジに案内され、会計をしてもらう。
日本語がすごく流暢で感心してしまう。そしてめちゃくちゃにていねい。
見た目はめちゃくちゃフランス人(印象)でもそりゃ生まれてこのかた日本語しか喋ったことない人もいるだろうし、見た目じゃわからないのは百も承知なのだけど、イントネーションの具合からどうもそういうわけでもなさそう、それにしてもずいぶんと長い時間を日本で過ごしているのだろうな、と思う話しぶりだった。
ふと名札を見ると日本人の名字が刻まれている。勝手に、日本人と結婚したのかな、と結論づける。
生活してんだな、とおもう。国道沿いのユニクロ、日曜まっ昼間のユニクロ、この空間にいるすべてのひとが生活を営んでいる。もちろんわたしも。
それなのになぜこんなにも「わからない」のか。わからないなどと考えるのか?
衣食住、そのすべてがしっくりとこない。何着てもコスプレだし、食事はエサだし、家は仮住まいに過ぎない。
すべて信用ならない。服は布を合わせたに過ぎないし食べ物はかつて生きていた他者だし家と外の境目はドア一枚しかない。
ひとがそれをどうしてそんなにも信頼できているのかが分からない。


つよくなりたいな、とちかごろ思う。
これはずっと思っていたことで、でもきちんと認識できていなかったように思う。
それは、心をつよく、という意味でなく、ましてやほんとうのつよさ、とかでもなく、単純に、物質として、刃物としてよく切れるもの、鈍器としてより重く、より痛く殺せるものでありたいと思う。
そうすればわたしはその本質をしっかりと隠して、いつでもお前を殺す、と思いながらニコニコ笑顔で本当の意味でひとにやさしく生活できる気がする。
強度がたりない。練度がたりない。もっとつよくなりたい。



友人と夏

友人Yが来ていた日記。

なんだか毎年年末と夏あたりに京都で会っている気がする。 ということで今年も夏がはじまる。

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7日(木)

彼女と、共通の友人Sと、三人で夕方6時半頃木屋町で待ち合わせ。雨の予感がつよい。元立誠小のあたりを歩いている時点でぽつりぽつりと雨が降ってくる。カウンターのみの小さな串カツやに入り、飲み、食べまくる。とうもろこしの揚げたやつがおいしい。とうもろこしってのはなんでこう、茹でただけでもおいしいし、天ぷらもおいしいし、串カツにしてもおいしいのか。甘いよね。

三人とも大学時代の同期なのだが、会うとなんだか昔の話ばかりしている気がする。しかも毎回同じ話をしてんだ。おかしいよな。昔の話か男の話ばかり、あとたまに仕事の話もして、なんだこのトークテーマ、と思ったのだが、人生まわりというものが結局そんな事象ばかりなのでしかたがない。花の話なんかしないし、夢の話をするようなタイプでもなし、共通の趣味があるわけでもない。それでも一緒にいるのだから、生活のなんでもない話をして、それがたまたま昔の話、男の話、あと仕事、てな具合なのだな。そう考えると悪くない。ぜんぜんいい。

Sとは数ヶ月前に会ったばかりだったのだが、彼女、ここ数年は宝塚にはまっていて、会うたびに化粧が濃くなってゆく気がする。

Yは大学に入学して初めて会ったときには「ギャルだ!」という印象だったが、今はあまりそうは思わない。カジュアルになったのか。化粧も薄くなった気がする。去年あたり、つけまつげを辞めたと言っていた気がする。カラコンはまだ辞めていない。わたしも未だにたまにカラコンはする。つけまつげは21で辞めた。

そのあと二軒ハシゴして、3時ごろ帰宅する。最後の方はセックスの話ばかりしていた気がするのだが、ちかごろのわたしにはそんなに話題がない。去年は二人とも彼氏がいなかったが、今年のYには彼氏がいた。ところが「彼氏のこと好きじゃない」と言っている。「好きな人とは連絡とれない」。Yは誰かを好きになり、付き合うたびにこの蛙化現象をくりかえしている。難儀だなあ。分かるけどさ。
Yは昔から男の子の話ばかりしていて、膨大な数の名前が出てくるのでわたしはそのほとんどを覚えていない。なんとなくふんふん言って聞いているしエピソード単位では覚えていたりもするが、おそらく把握しているのは片手で収まるほどの数だけだ。

わたしは自分の話をするのが好きでないので昔付き合っていた人の話や自分の経験の話はほとんどしないのだが、Yはそんなのお構いなしに自分の話をするし、何年もそんな調子だとわたしもなんだかどうでもよくなってきて、次第にお返しとばかりにあれこれ話すようになってきた。わたしのこれまでの男性遍歴を知っているのはYだけなのだと思う。ときどきわたしも覚えていないような話題を掘り出してきておどろく。
Yと結婚したらぜったい幸せになれるよ。こんなに明るくて楽しくてユーモアもある子を他にしらない。仕事もちゃんとするし気遣いもできるし。おうちもお金持ちだよ。あとかわいいしね。

明日起きられたら岩盤浴に行こうと約束して就寝。

 

8日(金)

20回くらいアラームを鳴らして昼過ぎにようやく目を覚ます。昨日結構酒を飲んだ気がするのだが、思いの外二日酔いでない。わりと元気。いける。

ラーメン食べよう、という話になり、せっかくだからと一乗寺の方までゆくことに。すっぴんにブラトップのキャミとワンピース一枚だけ着て、Yの車に乗って向かう。Yは運転が上手だ。いつも京都へは車でやってくる。

一乗寺は思いの外遠かった。学生時代はいつでも来られたはずなのに、ほとんどラーメンを食べに来た記憶がない。一乗寺に来るときはだいたい恵文社へ来るときだった。そういえば恵文社を教えてくれたのは大学に入ってはじめて付き合った人だった。一つ年上の先輩で、部屋が暗くて料理の上手な人だった。わたしは一度も彼に料理を作ったことがなかったが、彼はわたしが彼の家に訪れるたびに料理を作ってもてなしてくれた。わたしは彼の作るオムライスが好きだった。
オムライスが好き、と気付いたのはそのときだったように思う。何が好き? 何が食べたい? と聞かれて、わたしはそんなものちっとも思いつかなかったので、てきとうに、この人でも作れそうで、割とお手軽っぽいもの(今思うとオムライスってけっこうめんどうなのだけど)ということでオムライス、と言ったのだった。
ところが口に出してみると、それが思いの外しっくりとくる。オムライスが好き。そういえば、わたしはオムライスが好きだった。あとナポリタン。休みの日のお昼ご飯で、オムライスやナポリタンが出てくるとうれしかったなあ。ケチャップが好きなのか?
彼はいつも手料理と合わせて、わたしが好きだった杏露酒を用意してくれていた。はたちになったばかりのころのわたしは杏露酒ばかり飲んでいた。甘い味が好きなのだが、居酒屋にあるような甘いお酒はアルコール度数が低くちっとも酔えないので、果実酒をロックでがばがば飲むことで酔いを得ていたのだった。
「酒代のかかる彼女やなあ」と言っていた。一年ほど付き合って、なんやかんや言って別れてしまったのだが、彼の香水はいまだに覚えている。変な別れ方をしたのでそれから一度も話せずじまいだった。

極鶏へ向かう。いつもはめちゃくちゃ混んでいるのになぜかすんなり入れてしまった。ラーメンとたまごかけごはんのセットを注文するも、予想以上にお腹いっぱいになり終盤二人とも無言で食べる。

ぽつらぽつらと雨が降っている中、スーパー銭湯へ向かう。スーパー銭湯へ着くともう4時前になっていた。

岩盤浴、好きなのかもしれない、と行くたびに思う。いつか妹とスーパー銭湯に来たい。妹と岩盤浴に入り、妹と風呂に入り、上がったら隣で髪を乾かして、すっぴんのまま自販機で買ったジュースを飲みたい。帰ったらそのままだるい体を抱えてひと眠りしてたい。

お互いに9時ごろから予定があったため7時には出ることに。YがオロナミンCをおごってくれた。窓の外では雨が鳴っている。Yはブラックコーヒーを買ったつもりが微糖だったらしく、これは明日の朝飲む、と言っていた。

帰り道、車に乗っているうちにどんどん雨が強まってくる。家に着く頃には土砂降りになっていた。
Yは遊びに出て、わたしはバイトへ向かう。

 

9日(土)

Yは早起きして友人の結婚式へ。わたしは二度寝する。だるい。

起きて冷蔵庫を見ると微糖のコーヒーが入ったままだ。

Yは午前4時ごろ帰宅。カラオケをはしごしていたのだそう。元気だな。知り合いから二度着信が入っていたが知らないふりをする。わたしは1日寝通しだった。

 

10日(日)

昼過ぎに目覚め、Yは学生時代の友人Aとランチへ行った。わたしは洗濯をする。

洗濯機を回しながら携帯ゲーム周回。つかの間の日常という感じ。

夕方ごろ、YAからラーメン食べよ、とお誘いがあり、かんたんに身支度をして外に出る。もともとはランチにも誘われていて、断ったのに、結局一緒に食べることになる。
去年と同じ、Yが学生時代働いていたラーメン屋さんの、今年は本店に行った。Yは「今日のはおいしい」と言っていた。にんにくを潰して入れて、酢を入れて食べるとめちゃくちゃおいしい。去年Yに教えてもらったこと。
Aは赤ん坊を連れていた。わたしはほとんど赤ん坊に触れ合ったことがなくどうすればよいのか分からない。触れていいものかすら分からない。ところがYはかんたんに赤ん坊に馴染む。そういうところがYのすごいところだと思う。
大学を出てわたしは大学院に進学し、Yはもうちょっと京都で遊びたいからと保育系の短大に再入学した。Yはきちんと2年でそこを卒業し、それからは実家に戻ってきちんと保育系の施設に勤めている。

帰宅して二人ばらばらにテレビを見たり漫画を読んだりして、そのうち眠った。この日も雨が降っていた。洗濯物は干しっぱなし。

 

翌日の昼ごろ、Yはすっぴんのまま帰って行った。靴を四足も持ってきたのに結局二足しか履かなかった、と言っていた。いつものように、ごろごろとたくさんお土産をくれる。ひつまぶしのお茶漬け、味噌煮込みうどんのレトルト、あとなんかおいしいデニッシュパン。

Yと過ごしていると、いつも永遠に夏休みみたいな気分になる。Yが来るときはいつも湿度が高い。Yが帰り、ひと眠りすると、現実が帰ってくる。

わたしはシャワーを浴びて、化粧をして、いつものように家を出た。雨は降っていない。

 

▼去年のYが来た日記

mayonakanonami.hateblo.jp

 

真顔の私

 

なんでわたしは真顔なんだ? そうなんです、わたしって真顔の人種なんですよ。うちのお母さんだいぶ善良で、そんなこと言うかな? ってかんじなんですけど、それでも幼稚園児の時分に「ほんとかわいくない」って言われた記憶があるくらい素真顔なんです。素真顔。ただの真顔より本質的にもっと真顔なやつ。わかる?

今は人並みに笑ったりするけど、それでもヤッパ根っこが真顔だから、根っこでは基本的に真顔で「ハ?」とか「で?」とか考えちゃう。悪いけど。

いやぜったいそんなこと口にせんよ? いつもニコニコしてやさしくてホント何言っても笑うね〜たのしそうでいいね〜っていうのがわたしのキャラなので(この一文は放置したいので句点つけないことにします)

 

他人に対する殺意の波動がつよいんだ。べつに殺してえ〜とかおもってるわけじゃないのは言っておきたいんですけど、「おまえ??? おお???」っておもってるときの気持ちが鈍器なの。

関係あるのかないのかわかんないけど、と言いながら自分ではぜったいあるなとおもってるんですけど、わたしが描く絵もわりと真顔です。真顔で不遜な顔が好きなんです。そういう顔にリアリティをかんじる性質ってこと? わたしが真顔だから。単純かよ。

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わたしは第四の壁を壊されるのがだいきらいです。芝居の客席いじりとか舞台に客上げるのとかフラッシュモブとか。

これなんだろ、なんでなんだろって考えてたんですけど、ひとまずの答えがでました、これ、

お前のプレイに巻き込むな感

お前のプレイに巻き込むな感

そう。それ。

わたしをお前のモブにするなよって。人権を侵害されているかんじがつよいんですよね。

 

グループラインの退室芸とかまじ茶番なんですわ。なんで真顔で茶番を演じられるのだろうか。それわたしもほしいよそのハート。その鈍くささと自分が自分の世界の主人公であるという根拠のない圧倒的自信があれば人生ってけっこうたのしいだろうな。

そんでグループラインの退室芸、まじめにとりあってるのたぶんわたしだけでしょこれ。みんな「ウケる(笑)」とか言いながら適当に遠巻きに見てるんだけど、わたしは「ウケる(笑)」と口で言いながら心のなかで憤怒してるから。「全然ウケない(怒) ただただウザい(怒)」。余裕なさすぎん? なにこれわたしの心狭小住宅…? うさぎ小屋? 自分で言っててアホらしくなってきた。ウケる。ぶんしょうにするのってたいせつだね。おうち帰ろ。

 

 

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